■1970年代は喫煙天国

『サッカー・マガジン』の編集部にはいったころには、先輩たちの大半は喫煙者だったし、夕方になると編集部内はまるで先日のメキシコ戦の終盤のように白く霞んでいた(少し大げさか)。編集部にきて原稿を書く仕事をしていたこの業界の大先輩は、原稿用紙にして10枚程度(4000字)ほどの原稿ならあっという間に仕上げたが、その間に、机の上に置かれたアルマイト製の灰皿(吉本の島木譲二が「ポコポコヘッド」で使っていたやつである)を、吸い殻で山のようにしていた。

 1970年代の日本では、女性の喫煙者はそう多くはなかった(あるいは人前で吸う人が少なかった)が、成人男性は大半が喫煙者だった。飲酒と喫煙、そして自動車の運転免許は、成人男性の証しの「三種の神器」のようなものだった。残念ながら、私はアルコールにまったく弱く、タバコは吸わず、そして運転免許の勉強も途中で投げ出した。大人になりきれないのも無理はない。

 学生時代のある日、友人の家に遊びに行った。同学年の友人はもちろん喫煙家である。上品なご母堂が出迎えてくれ、私と友人に紅茶を出してくれた。そしてご自身も応接間のソファに座ると、おもむろにタバコを出して吸い始めた。そして私にこんなことを聞いた。「大住さんはお酒も飲まないし、タバコも吸わないのですって?」。「はい」と答えると、彼女はさとすようにこう言った。

「お酒は飲めなくてもいいけどね、タバコは吸ったほうがいいわね。お仕事で商談をするときなんかにね、ほら……」

 と言って、彼女は新しいタバコを取り出し、おもむろに口にもっていって火をつけた。そして、フーっとおいしそうにふかしながらこう言った。

「こうやってね、『間』を取ることができるのよ。わかる?」

 非常に斬新で、そして独創的な「喫煙有用論」に、私は思わず「なるほど、そうですね」とうなずいていた。

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