■ビジャがクラブのオーナーになった理由
ビジャは今、そのニューヨークを「第2のホーム」としようとしている。すでにオーナー陣の一人として、現地のクイーンズボロFC(QBFC)を所有しているのだ。QBFCは2022年から、アメリカでのメジャーリーグサッカー(MSL)に次ぐリーグであるユナイテッド・サッカーリーグ(USL)に参加する。
「トップチームの監督はジョゼップ・ボンバウという方です。もともとバルサのアカデミーのコーチを務めて、現在アーセナルにいるエクトル・ベジェリンらを指導していました。その方がビジャと一緒にDV7のメソッドを確立しました」。バルサのDNAが、アメリカ大陸にも息づこうとしている。
QBFCはホームページで、本拠地となるクイーンズ区を「130の言語と150の国籍からなる人口200万人のホームたる『世界における多様性の首都』」と紹介している。その一員であるビジャの眼も世界をとらえており、壮大な規模で各地を結んでいる。その一つがアメリカ、カナダ、ドミニカ、そして日本でも開かれているDV7のアカデミーだ。
「QBFCでは2022年のトップチームに先駆けて、2021年からU19チームがアカデミーとして動き始めます。DV7プロジェクトはドミニカにもあり、そこの高校生がサッカープレーヤーとして奨学金でアメリカの大学に入りました。サッカーでアメリカの大学に奨学金で入学する、そういう動きが、実際に始まっています。
18歳からの数年間が、プロキャリアを築く上で非常に重要だとビジャ氏は考えています。それゆえに、QBFCを立ち上げました。プロキャリアを始めるクラブでありつつ、選手にとっては世界最高峰で活躍するための"最後の育成期間"としても過ごすことができる。若い選手が最高のキャリアを築くための助走の場とするような展望を描いているのです。
アメリカのサッカーレベルも年々向上しており、リーグ戦でのゲーム強度も若い選手にとって非常に適切なものです。さらにUSLの特徴が、大学生でもプロとプレーできることです。日本のサッカーエリートの高校生が卒業後、アメリカの大学に奨学金で進学し、サッカー選手になるという夢をアメリカで目指すことができる。さらに数年後には、ヨーロッパの世界最高峰のリーグでプレーできるかもしれない。そんなキャリアをサポートすることがDV7Japanの目標であり、ビジャがDV7を立ち上げた最大の目的です」
神蔵氏は「ビジャがニューヨーク・シティに移籍するタイミングで、この構想は始まっていたと聞いています」と語る。代理人や賛同者と力を合わせながら、引退後も見据えて巨大なプロジェクトの図面を引いていたのだという。ニューヨークという人種のるつぼの土壌の豊かさ、そして日本サッカーのレベルの高さを肌で感じて、どちらにも拠点をつくった。いずれはその点と点が、線で結ばれるかもしれない。
このDV7プロジェクトには、多くのプロジェクトが含まれている。今夏にバレンシアからリーズに移籍したロドリゴらを扱う代理人部門や、SNSを扱うメディア部門など、包括的に選手をサポートする体制が整っている。
神蔵氏も、このプロジェクトの中でフィールドを世界に広げていこうとする一人だ。
「スペインでの業務では育成年代を中心に携わらせていただいて、特にバルサのカンテラを現場で知ることができました。ヴィッセル神戸では日本のプロクラブというものを学ばせていただきました。次はいつかヨーロッパのプロクラブに携わる業務ができたらいいなと思ってます。DV7のスクールから世界最高峰の場所で戦う選手が出てきたらうれしいですし、この業務をしながらまだ知らない次の世界を見てみたいですね」
神蔵氏はプロ選手への道に、中学生で見切りをつけた。だがその夢は、サッカーとともにどこまでも広がっていく。
<完>
かみくら・ゆうた 東京都出身。大学卒業後、スペインにてスポーツ経営学を修める。卒業後、留学コーディネーターの現地駐在員としてバルセロナにて8年勤務。その後、アンドレス・イニエスタの日本への移籍に伴いヴィッセル神戸の通訳として業務を開始。翌年に神戸に加入したダビド・ビジャの通訳も務め、天皇杯獲得を置き土産としたビジャの引退と同時に神戸を離れる。現在はビジャが展開するDV7プロジェクトの日本支部マネージャー。
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