■玉井社長が大勝負の前に向かうところは…

──いまのギラヴァンツの躍動感あふれるサッカーを目の当りにしたら、他のチームの選手は「あのチームでプレーしたい」と思うでしょうね。

「そうだとしたら、本当にありがたいことですよね。実は先日のリーグ戦で、J1でも実績のある選手が小林監督のところへ来て、“ギラヴァンツはものすごく強いですけれど、知っている選手がひとりもいないですね”と言ったそうです。その言葉は、まさにギラヴァンツのサッカーを言い表してくれている。有名な選手は獲っていない。育てていくサッカー、基盤を作っていくサッカー、これがまさにギラヴァンツです。チーム全体が組織として育っていくことが、我々の改革の神髄だと思います」

──いつか小林監督がチームを離れることがあったとしても、このサッカーは続いていく、ということですね。

「そのとおりです。フィロソフィーを作ったときに、社長が変わっても、監督が代わっても、サッカーは不変だと当時の経営陣で申し合わせています。それが地元の方々のプライドに結びつくところだと思います」

──最後にもうひとつ聞かせてください。いまが勝負だという局面で、必ずやることがあれば教えてください。

「お墓参りに行くんですよ。小林さんと会う前のものすごく苦しい時に、誰を頼っていいのか分からなくて、祖父と祖母の墓前で手を合わせました。実は私の祖父と祖母は、何度も映画化された『花と竜』という作家・火野葦平の長編小説のモデル・玉井金五郎と玉井マンで、明治後期から第二次世界大戦前の北九州で、荒くれ者たちを束ねて仕事をしていった人なんです。本当に苦しかった時にお墓参りに行ったら小林さんが来てくれたので、ここ一番の試合前には必ず墓前へ行くようにしています」

──今シーズンも何度か?

「開幕戦は行きました。行き過ぎるとご利益がなくなってしまうので、J1昇格のかかった試合でまた行きたいと思います(笑)」

──ギラヴァンツ北九州のさらなる健闘を期待しています。長時間にわたってのインタビュー、ありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました。ギラヴァンツに来て自分がやったことは、設計図をラフコンテで書いて、登場人物を何人か連れてきただけです。地域の方たちがギラヴァンツは変わらなきゃいけないと思っていて、クラブのなかにも自分たちは変わりたいと思っている人が若手を中心にいて、その人たちの気持ちと連動して、改革のスイッチを押したのが私がやった仕事です。

 私自身はサッカーがすごく好きになりました。戦術やフォーメーションも少しだけ分かってきました。まだルールがちょっと怪しいのですが(苦笑)、この立場の人間は詳しくなり過ぎないほうがいいんだとも思うんですよ」

玉井 行人(たまい・ゆきと)
1957年7月、北九州市若松区生まれ。早稲田大学を卒業後、83年に西日本新聞社に入社。編集局社会部、東京報道部、久留米総局長などを経て、2012年から北九州本社副代表兼編集長、13~17年まで執行役員・北九州本社代表。18年1月から株式会社ギラヴァンツ北九州代表取締役に就任。
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