軽く屈伸をした中村は、利き足である右足から入った。そして、ケガをした左足を芝につけた。気にする素振りはなく、視線は相手ゴールを見ていた。
スタジアムの熱気が一気に上がる感じがした。コロナ禍でサポーターは声を出せない。本来なら歌われるであろう、『炎のエスカルゴ』も聞こえてこない。それでも、スタジアムの空気は変わった。これが、等々力のピッチに中村がいるということなのだ。
しかも、79分にはファーストプレーでシュートを放ってスタジアムを沸かせた。右サイドから低いクロスを右足で振りぬいた。相手ディフェンダーにブロックされたものの、まさか、復帰戦でいきなり得点かと思わずにはいられない決定機だった。
このシュートによって、「自分の中でスイッチが入った」と話すように、ピッチの上では、パスを出し、自分が動き、受ける。川崎のサッカーを、一人でさらにテンポアップさせた。3点差で勝っているチームの緩慢さはなく、川崎の選手の足取りはさらに軽くなった。
そして85分、中村憲剛はその「まさか」を実現した。相手のパスをカットすると、ダイレクトで左足ループ。相手GKの頭上を越えたボールはこの日、4回目のネットを揺らした。ケガをした左足でシュートを決めるとは、このバンディエラの“演出”は憎すぎる。
「みんなが渾身のシュートを相手に当てたり、ポストに当てていた。自分が入って早々のシュートも相手に当てていた。相手に当たらないようにするにはループだと思った」と、試合勘が早くも戻っていたのは、中村の場合は驚きに値しない。