■プレーに表れる、たまらない人間臭さ
だが興梠も完全無欠というわけではない。彼のひとつの弱点は、高度に集中した状態を長期間持続できないという点にある。Jリーグが34節、週末ごとに行われて、他には試合がないのなら問題はない。しかし厳しい試合が集中すると、ときどき、彼はいっぱいいっぱいになってしまう。
2016年のリオ・オリンピックで素晴らしい活躍をしたことは書いたが、帰国後、彼は「燃え尽き症候群」に陥ってしまった。モチベーションが上がらず、浦和に戻ってもまったく別人のようなプレーになってしまったのだ。逆に言えば、それほどオリンピックに向けて集中していたことになる。リオでのプレーぶりを現場で見てさまざまなことを感じた者として、帰国後の興梠の状態はとてもよく理解できた。この状態から回復するまで、彼は1カ月間を要した。
2017年、圧倒的な強さで快進撃していた浦和がシーズン半ばで急激に調子を落とし、結果として5年半にわたって指導してきたペトロヴィッチ監督が解任されるという事態に陥った。このときも、興梠の不調が目立ったのだが、それはAFCチャンピオンズ・リーグ(ACL)とJリーグで非常にハードで高度の集中を要する試合が続いたことの影響だった。
「シーズン中だけれど、興梠に2週間ぐらいオフをやって南の浜辺でボーッとさせておいたらどうだろう」。前年のことを思い出した私は、こんなことを周囲に話していたが、冗談で言っていたわけではない。興梠はけっして「戦う機械」などではなく、生身の人間なのだから、ときに疲れ切ってしまうのは仕方がない。
そうした「人間味」も、興梠の魅力のひとつであることを忘れてはならないだろう。チームメートは口々に「九州男児」「男気がある」「優しい」と、彼の人柄を語る。クサっている若手がいれば声をかけ、食事に誘うなどの気づかいもする。いつも穏やかな笑顔を見せ、声を荒げることもない。
そんな興梠が、ピッチに立つと誰よりもチームの勝利のために走り、戦い、そのなかでエレガントそのものの身のこなしを見せ、思いもかけないシュートを放つ。その美しさは際だっている。「8シーズン連続2ケタ得点」という偉業を達成し、「J1通算150得点」という大記録に迫りながらも、サッカー選手の価値は記録やタイトルで決まるわけではないことを、興梠慎三は私たちに教えてくれる。