■40年の時を超えて
そんな「時代の最先端」のクツだったから、値段も高かった。1足1万5000円。仕事用のクツなど5000円以下で買っていた時代、「コパ・ムンディアル」は、私がもっていたすべてのクツのなかで飛び抜けて高価なものだった。
以後20年間以上、私のサッカーは常に「コパ・ムンディアル」とともにあった。40代半ばからは女子チームの監督に専念したため試合に出場できるのは1年に数回となってしまったが、筋力が落ちた足にも「コパ・ムンディアル」はやさしかった。
問題はサイズだった。私の足は極端に小さい。当時、普段はくクツは24.5センチだったが、サッカーでは24センチをはいていた。木村和司が現役でプレーしていたころは日本のアディダスも小さな「コパ・ムンディアル」を輸入していたが、1994年に彼が引退すると、入手するのが非常に難しくなった。
というわけで、外国に出るたびに、私はスポーツ用品店を回り、私のサイズの「コパ・ムンディアル」を探した。しかしヨーロッパでは、ドイツでさえ見つけることができなかった。UAEのアブダビでようやく1足見つけた。私のサイズだけでなく小さなサイズをしっかりとそろえていたのは、マレーシアのクアラルンプールのスポーツ店だった。
それにしても長命なクツだ。デザインも機能もほぼ変わらず、40年間も愛され、トップ選手たちに使われているのは、現代サッカービジネス上の奇跡と言うしかない。
1990年代にはいって「ナイキ」がサッカー市場に大きく進出し、派手なデザインのシューズをつくり、それに対抗するように「アディダス」も「プーマ」もデザインやスタッドの形を大幅に変えたものを市場に送り出した。白を手始めにカラー化も進んだ。しかしワールドカップでは、発売から20年近くたった1998年のフランス大会でも、まだ数多くの選手が「コパ・ムンディアル」でプレーしていたのだ。
そしてさらに20年、2018年のワールドカップで、たしかベルギーの選手が「コパ・ムンディアル」でプレーしているのを見たときには、私は驚かなかった。
Jリーグでは、ジュビロ磐田の藤田俊哉のプレーが、この「コパ・ムンディアル」とともにあった。前田遼一がこのクツをはくようになったのは、藤田にすすめられてからだという。繰り返し膝を痛めていた前田は、以後、大きなケガも手術もなく、現在まで元気にプレーしている。「コパムンのおかげ」と、彼はあるインタビューで語っている。
現在も、「アディダス」のサッカーシューズラインナップのなかに、カラフルな最新モデルに混ざって、「コパ・ムンディアル」は、40年前とまったく変わらないデザインで、堂々と並んでいる。定価は税込み2万350円。税抜きだと1万8500円ということになる。消費税がなかった1980年代前半の1万5000円と比較すると、40年近くを経ても20%あまりしか値上がりしていないことになる。
現在、プロ選手の多くがメーカーの「広告塔」となり、メーカーが売りたい「最新モデル」をはかされてピッチに立っている。メーカーとの契約で選手が得る収入は小さくない。
だがもしプロ選手たちが「サッカー選手としてのビジネス」ではなく「プロフェッショナルとしてのこだわり」に忠実になり、「自らのプレーをするための最高の用具」を自ら代金を支払って購入するなら(それが本物の「プロフェッショナル」だと思う)、そう、前田遼一のように、少なくとも何割かの選手が「コパ・ムンディアル」を手に取るのではないか――。私は密かにそう考えている。
「コパ・ムンディアル」は永遠の名作なのである。