大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第10回「永遠の名作」の画像
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理想のシューズはサッカー少年たちの見果てぬ夢だ。お小遣いが豊富なら、いくつもはき替えることができるのに。ところが、完璧に近いシューズが存在するのだ。――今回の大住さんは、足元を見つめた。

■ベッカムの魔法の種明かし

 Jリーグのなかで唯一開幕していなかったJ3が、ようやく6月27日に開幕する。FC東京からFC岐阜に移って2シーズン目の前田遼一は元気だろうか。1981年10月9日生まれ、38歳。「ザック・ジャパン」のエースストライカーには、1年でも2年でも長くプレーしてほしいと思っている。もちろん、最前線で見せる彼の頭脳的なプレーが大好きなこともある。しかし何よりも、私が熱愛する「永遠の名作」とも言うべきサッカーシューズを十数年間も愛用し続けている選手だからだ。

 「あのクツに秘密があるに違いない」

 本気でそう考えたことが、過去に2回ある。

 順序は前後するが、ひとつは2000年ごろ、当時日本でも人気絶頂だったデービッド・ベッカムがはいていた「おどろおどろしい」と言っていいほどのどぎついシューズだ。黒をベースに、赤と白を使って、まるで第二次世界大戦中のイギリスの戦闘機の胴体に描かれていたサメの顔のようなけばけばしいデザインのシューズは、世界のサッカー少年たちをとりこにした。

ベッカムがはいた「呪文」をかけられたシューズ

 「あのシューズをはけば、僕もベッカムのようにグイッと曲げられるのでは……」

 そう考えた少年は、世界に少なくとも1億人はいたはずだ。

 ベッカムは右足インサイドでボールをこすり上げるようにけり、ボールはまるで呪文をかけられたかのように曲がっていった。彼がはいていたアディダスの「プレデター(捕食者)」というシューズには、足先の部分に、あろうことか、ゴムのような樹脂が並べて貼り付けられていたのである。なめした革よりゴム、しかも凹凸のある素材のほうが、ボールに回転をかけやすいのは当たり前で、私はいまでも、なぜFIFAがあんなシューズを許可したのか、不思議でならない。

 2002年ワールドカップ前、カメルーンが着用しようとしていた「ワンピース型ユニホーム(シャツとパンツが一体になっている)と「そで無しユニホーム」を、FIFAは「ルールに反する」と禁止した。

 サッカーのルールは、「安全」「公平」「喜び」の3つの精神からなっている。「ワンピース型」には何の支障もなく、「そで無し」でケガをする危険性よりも、「ゴム貼りシューズ」で失われる公平性のほうがはるかにルールの精神に反しているのではないか。言わずもがなのことなのだが、カメルーンのユニホームはプーマ製であった……。

 それはさておき――。

 世界中のサッカー少年や軽薄な大人の選手たちが「あのクツを買えばベッカムのように曲げられるかも」と思い、「プレデター」は空前のヒットとなった。ただし、サッカーショップで買える「プレデター」には「呪文」などかけられていないから、ボールの軌跡は夢に描いたものとはほど遠く、サッカー少年や軽薄な大人選手たちは例外なく失望を味わった。

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