■やさしいヘディング習得法

 ヘディングがやさしい技術であることの最高の証拠が私である。

 私は中高一貫校の中学3年生の秋にサッカー部にはいった。周囲は遅くとも中学1年生からボールをけってきた選手たちである。私がいちばん下手くそであることに疑いはなく、当たり前だと思っていた。

 半年後、高校生になったころも「最底辺」は変わらなかった。そのころ、学校の先輩で「プロサッカーコーチを目指す」と、当時としては天地がひっくり返るようなことを言っていた相川亮一さん(後に読売サッカークラブ監督)の指導を受けることになった。

 相川コーチは、新しく高校1年になった選手たちのヘディングを見て、「そんなやり方は古い。いまはこうだ」と教えた。3年間、「古いヘディング」を体に染み付かせてしまっていた仲間たちはその変化に苦しんだが、なんと私は、教えられたその日に「新しいヘディング」をマスターしてしまった。「パーフェクト」という相川コーチの小声の称賛は、大げさに言えば、私を「サッカーとともに生きる人生」に引き込んだ魔法のひと言だった。私は心のなかで小躍りし、以後、自宅でもヘディングの練習にまい進した。

 ヘディングはやさしい。だからこそ、はね返すことで満足していてはもったいない。どうしたらいいか――。

 飛んでくるボールを見て落下点を見極めることからヘディングは始まる。そしてそこに移動しながらボールから目を離して味方の位置や動きや相手との距離や相手の動きなどを見てどこにどうパスをするかを決め、落下点にはいったらボールをよく見てヘディングする。こうすれば、しっかりとしたパスになる。

 ヘディングだけを使ったパス練習が有効だ。いわばヘディングだけでの複数人でのボールリフティングである。2人で始めてそこに1人はいり、また1人はいる。最初の2人のうちの1人が出る……。このように状況を次々と変えていくことで、ヘディングする前に(あるいはヘディングしながら)見て判断するという習慣が身につく。しばらくこの練習をすれば、試合中のヘディングが大きく改善されるはずだ。

 そして私は、ヘディングという技術は年少のころから練習したほうがいいと考えている。時代の流れに反しているように聞こえるかもしれない。しかし考え方を少し変えれば、問題はなくなる。ボールを軽いものに変えればいいのだ。

 私が自宅でヘディングの練習に熱中した高校1年生のころ、家のなかで使ったのは「軟式テニス」用のゴムホールだった。それを壁に当て、跳ね返ってきたところをヘディングするのだ。相川コーチから教わったヘディング(考えてみると、それは「クラマー式」だった)だけでなく、『サッカー・マガジン』の技術特集に乗っていた落合弘選手(三菱重工)のヘディングの「連続写真(なつかしい響き!)」を見て、さらに新しい、額の横に当てて体を横に振る「バイスバイラー式」のヘディングもマスターした。さらには、前方にダイブしながら空中で両足の膝から下を操るだけでヘディングで思うところにボールを送り込む高度なテクニックまで身につけた。

 そのヘディング練習が可能だったのは、軟式テニスのボールだったからだ。部屋のなかでドタバタとジャンプしたり倒れ込んだりすることに母は何回も文句を言ったが、ボールを壁に当てることについては何も言わなかった。そしてもちろん、何百回練習しても頭にダメージなどなかった。そして軟式テニスボールでの練習で身に付けた体の動きやヘディングの技術は、普通のサッカーボールでも問題なく発揮できた。サッカー部の練習で、私は自宅での練習と同じように「華麗な」ヘディングを見せることができたのである。

 小学生は試合でヘディングを使わなくてもいい。しかし軟式テニスボールのように非常に軽くてしかも痛くないボールを使い、ヘディングのときの体の使い方やその楽しさだけは教えておいたほうがいい。そして何よりも、ヘディングの目的はキックと同じなんだよ、狙ったところにボールを送り届けることなんだよという意識は、年少のころからぜひとももたせなければならないと、私は思っている。

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4