■日本人の大きな欠点

 サッカーにおける脳振とうは、主にヘディングの競り合いで発生する。ヘディングしようとした複数の選手が頭と頭を激突させてしまうというケースである。いまのところヘディング自体が脳にダメージを与えるとは考えられていないようだが、ヘディングそのものの危険性についてもサッカー界が真剣に考えなければならない時期にきているのは間違いない。

 だが、頭を支える筋肉が充分に発達していないジュニアやユース年代でのヘディングに規制をかけるとしても、ヘディングというプレー自体を禁止しようという話はまだ聞かない。ヘディングは、ときに試合の趨勢を決める重要な技術であり、その優劣が勝敗を分けるときも少なくなく、何よりも魅力あふれるプレーであるからだ。

 ところがそのヘディング、日本選手には大きな欠点がある。この点を私は長く指摘してきたのだが、一向に改善される気配がない。日本人のヘディングの欠点とは、「パスにできないこと」である。

 Jリーグの試合を見てほしい。豪快なヘディングシュートもヘディングによるクリアもある。しかし中盤で空中に浮いたボールをフリーでヘディングする(試合のなかでヘディングを使うのはこの形がいちばん多い)とき、的確に味方に渡すことのできる選手が、驚くほど少ないのだ。ボールが飛んでくればどんな選手もジャンプして的確に額に当てる技術はもっているのだが、大半の選手が前方にはね返すまでで満足してしまっている。自分がヘディングしたボールがどこに飛ぼうと、どちらのチームに渡ろうと、それは自分の責任ではない、ボールに聞いてくれというようなものである。欧州のサッカーとJリーグで大きく違うポイントのひとつだと思う。欧州では、フリーでヘディングするときには、ほぼ間違いなく味方選手に渡す。

 日本の選手は、ヘディングに「頭ではね返す」というイメージしかもっていない。

 足でパスするときには、日本人の能力は世界レベルにあると言ってよい。状況によって、味方の右足に出すのがよいか、左足か、人に向かってのパスか、走り込むスペースに出すパスか、強いパスか弱いパスかなど、小学生でも意識してプレーしている。パスでは何にも優先して正確さが求められ、その要求を満たすことができる。

 ところがそれがヘディングになると、まるで濃霧のなかの味方に渡すパスのようにぼんやりとしたイメージになってしまう。そしてそれがJリーグに至っても修正されていないのだ。キックもヘディングも、「味方に渡す」という目的ではまったく変わりはないのだが。

 きちんとヘディングで味方に渡すことができるプレーを見たかったら、浦和レッズの阿部勇樹に注目すればいい。ボランチでプレーする阿部には、1試合で何度もフリーでヘディングする機会があるが、ほぼ間違いなく味方に渡す。ところがその阿部と何年もいっしょにプレーしている選手の多くが「行方はボールに聞いてくれ」なのである。

阿部勇樹(浦和レッズ) 写真:アフロ

 「ヘディングもパス」という意識づけが、何よりも必要だ。指導者も、「相手チームに渡ったけれどナイスヘッド」のような考え方を捨てなければならない。ヘディングできちんと味方に渡すにはどうしたらいいか、それを意識して練習すれば、短期間のうちに改善されるはずだ。ヘディングは「サッカーで最も簡単な技術」だからである。

 ヘディングはやさしいって? 考えてみてほしい。サッカーでは、主として足でボールを扱うのだが、その足は、神経系を通じて人体各部に動きを命じる脳からも、そして何よりもプレーするために動くボールをとらえるふたつの目からも、いちばん遠いところにある。両目で見たボールをそこから1.5メートルも離れた足でプレーするのは、けっして簡単な作業ではないのだ。

 ところがヘディングは、両目の間、わずか10センチほどしかないところでボールをとらえる技術である。両目さえ開けておけば、失敗することなどありえない。

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