■「いいよ、で、どのくらい?」
イングランド・リーグの開幕戦、バーミンガム・シティとのホームゲームを取材したい旨は、日本を出る前に手紙でクラブのユナイテッドのジェネラル・セクレタリー宛に出してあったから、木曜日にオールド・トラフォードに出向くと簡単に取材パスを受け取ることができた。しかしその場で「監督にインタビューしたいのですが」と言うと、セクレタリー氏は「監督に直接頼め」と答えた。
幸いなことに、その日の練習はオールド・トラフォードだった。練習が終わるのを待って、私はドカティ監督をつかまえた。
「日本から来たのですが、インタビューをお願いします」
「いつ?」
「明日はいかがですか?」
「いいよ。で、どのくらい?」
おことわりしておくが、この「どのくらい?」は「How Much?」ではなく「How Long?」である。「何分間?」ということだ。
「1時間」
「それは無理だ」
「ではどのくらい?」
「5分間」
「せめて15分!」
「う~ん、日本からか……。まあ、いいだろう。では明日の練習後にね」
いま取材に苦労している記者たちには信じ難いかもしれないが、当時は、イングランドで最も人気のあるクラブでもこんなものだった。
翌日の練習後、私はオールド・トラフォードの監督室に通された。信じ難いほど小さくて、暗い部屋だった。その部屋の奥のシャワールームまでのぞくことはできなかったが、どんな部屋か、そのわびしさは容易に想像することができた。
考えてみてほしい。
選手たちは人生のなかでも肉体的にピークの時期にあり、連日のトレーニングでその肉体は研ぎ澄まされ、そこに宿る精神は快活そのもの。広い更衣室、その背後にあるシャワーと風呂。練習後の開放感から、選手たちは大声で歌を歌い、ジョークを飛ばし、悪ふざけをしている。
しかし監督たちは、まるで深夜のビジネスホテルのユニットバスのような狭いところで、冗談を言い合う仲間もなく、黙々とせっけんを体にこすりつけ、シャワーを浴びている。しかもその肉体はピークを大きく過ぎ、筋肉は落ち、筋が目立ち、そして腹部はだらしなく突き出ている。とても誇らしく人さまにさらすような代物ではない。