それは担当する両クラブの試合を複数見ておくこと。当たり前と言えば当たり前なのですが、準備の大半はここに集約されるといっても過言ではありません。地上波局も含めてたくさんの実況アナウンサーがいますが、誰もがこれをきっちりやっているのは実況を聴けば良く分かります。もし喋り手による色合いの差がでるとしたら「ベースとして見えているもの」と「どこに焦点を合わせて見たか」の差から派生するもの。実況も解説も機械ではありませんから、こういうファジーな差こそ、実は中継を味わうポイントなのかなと思います。

 つまり見えてるものは人によって違うということです。

 これはアナウンサーだけでなく解説者も同様で、2人の解説者が同じ試合を観ても、真っ先に感じるもの、真っ先に拾うものに大きな違いが生まれます。また、その人がどういうサッカー観を持っているかによって、コメントする内容も角度も変わってきます。基本的に実況はサッカーの素人ですが、解説者はサッカーの玄人です。しかし同じ素人でも、予備知識によって、見えている色々なものが人によって違います。それは玄人も同じで、サッカー観や感性によって「見えるもの」「感じるもの」が人によって違ってきます。つまり、放送席に誰がいるかによって表現されるものは大きく変わってくるという点で、実は放送席はカオスだったりするのです(笑)。理想を言えば、実況者が予備知識を高め、それを根底で使い分け、解説者によってハンドルの仕方を変えることが出来れば、カオス状態を整理した中継ができるはずです。ただし、それはとてもとても難しいです(笑)。

 今の時代、視聴者の皆さんの目が肥えているだけでなく、皆さん相当な量の情報を持っています。むしろ実況や解説よりも視聴者の方々の方が自分の贔屓のクラブについては熟知しているくらいだと思います。ただ対戦相手の事も熟知している視聴者の方は多くはない訳ですから、我々実況者の仕事はその間を繋ぐことだと考えます。つまり両クラブのサポーターの熟知度を100としたら、我々伝え手側が同様の100まで熟知することは難しいですが、それを70~80くらいのレベルに保てれば、両クラブとそのサポーターに対するリスペクトを欠かずに、「その試合がどんなものなのか」を伝えられるのかなと思うわけです。

 昨今、視聴者のみなさんが実況や解説に要求するもののレベルが相当に高くなっているので、自分の価値感と違うこと言ったり、自分が観ていた試合を観ていないと感じさせる実況や解説に対して厳しい反応をされることが多いと感じますが、さすがに担当する両チームの試合を全て観てから中継に臨むのは物理的に難しい。それでも、それを近づけるアプローチは各々がしているという事を理解してもらえると嬉しいですね。

「喋ってる時はどこまで見てるんですか?」

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