その最たる選手はリオネル・メッシバルセロナ)ですが、異次元すぎる彼以外にも驚きを与えてくれる選手は色々な所にいます。例えばアーロン・ワン=ビサカ(マンチェスターU)。彼は普通なら届かないと思われるところにも足をニョキっと伸ばすと届いてしまう独特のリーチを持っています。

 例えばリヤド・マフレズ(マンチェスターC)。明らかなシュートモーションから急激に蹴るのをやめて切り返しに転じる彼ならではの独特の間合いは何度も相手ディフェンダーを欺いてきました。

 例えばトレント・アレクサンダー=アーノルド(リバプール)。振りかぶった時の位置と角度から推測できる軌道、コースとはちょっと異質な場所に驚くほど鋭い球を入れてきます。

 例えば中村憲剛(川崎F)。見えているものの広さと多さ、そして勝負に出た時に繰り出す彼ならではの「決めパス」は分かっていても感嘆符を使わずにいられません。 

 そんな彼らが予想を越えるプレーをした時に実況者としては即時反応で一緒に驚きたいと思うのです。

 私の実況スタイルとマフレズとの相性はサイアクです。何といっても彼は平気で騙しやがりますから(笑)。その騙されることも含めて中継を楽しんでもらえると良いのかなと思います。私に限らず、実況アナウンサーたちは、選手たちと色々な駆け引きをしながら描写しているのです。

 専門用語の扱い。これは実況する上で考え方が分かれる部分かもしれません。

 フットボールは年を重ねるごとにどんどん進化し、フットボールを表現する言葉、用語もどんどん増えているように思います。バイタルエリア、プレスバック、ボランチなんてのはかわいいもので、やれポジショナルプレーだ、やれストーミングだ、やれハーフスペースだとメディアを俯瞰すると驚くほどたくさんの横文字や専門用語が登場します。積極的に新しい言葉、新しい用語を取り入れながら実況するのもひとつのやり方です。ただ、あくまで私個人としては、そういう言葉をほとんど使わないで試合の抑揚や選手たちの決断や駆け引きの連続を表現できたら理想だと考えています。どちらのスタンスが正しいというものではありません。実況のスタイル、スタンスは選手同様に多種多様でいいはずですから。ただ、私個人は「言葉とともに試合そのものになる」ことを究極だと考え、そこに近づくトライを続けています。

 これを読んでサッカー中継を10倍楽しめるかどうかは分かりません。ただ、実況アナウンサー誰もが思っているのは、観ている方々をより満足させたい、より楽しませたいということです。そのために細かな準備を積み重ねているのだという一端が分かってもらえたら嬉しいです。

 私も実況デビューしてかれこれ30年になります。それでもなお、まだまだ変化も進化もしていけると感じていますし、まだまだ伸びシロもあると感じながら放送席についています。我々の願いは「ともに楽しんでもらえるかどうか」。その挑戦に終わりはありませんので、10倍と言わず20倍、いや100倍楽しんでもらえる中継が出来るように研鑽を続けていければいいなと思っています。

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