良く聞かれる質問です。基本的に我々の仕事は〝実況〟ですから、その場、すなわちピッチ上で起こっている事を即時描写することです。優先すべきはまず描写。現地の報道ぶりを紹介する事でも、選手の経歴やクラブの歴史を紹介する事でも、データを羅列する事でも、戦術の蘊蓄を語る事でも、ましてや選手のゴシップを紹介する事でもありません。

 つまり、実況者はまずボールを見ています。いや、見ているはずです、と言っておきます。もしかして、それは私だけかもしれませんので(笑)。

 ボールの動きに合わせて持っている選手の名前とそれに付随する描写を当てていく作業を繰り返す。これが実況の骨格です。だとしたら、誰が喋っても似たようになりそうなものですが、そうならないところに実況の面白さがあるのかなと思います。

 それは見えているもの、感じるものによって描写するものが変わってくるからです。

 例えばケビン・デブライネ(マンチェスターC)という世界屈指のキックの名手がいますが、彼のプレーのどういう部分を強調するか。そこに実況者の感性の差が生まれます。デブライネは彼にしか出せない距離と角度と軌道を持っています。例えばゴールまでかなり距離があるタッチライン際からでもGKとDFラインの間にとてつもないスピードのクロスをゴロで入れてくる事があります。そういう特徴も踏まえた上で、彼のどこに、どのタイミングで、どう反応するか。これは実況者によって千差万別です。そういうニュアンスの差を感じながら中継を見聞きすると、中継の楽しみ方もまた違ったものになるかもしれません。

 実況者にとって、どんな形でも「驚かせてくれる」選手は大歓迎です。

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