世界中のスタジアムでサッカーを取材してきた蹴球放浪家・後藤健生。その豊富な経験の中でも、「到達困難さ」においてかなりの上位にランクするスタジアムが日本にある。最寄駅から遠く離れ、観戦環境にも難を抱えるその場所は、かつて日本代表がW杯で悲劇を味わった地でもあった。悪名高き「宮城スタジアム」の抱える問題点と、特例的に快適だった五輪の記憶を振り返る。【第1回/全2回】
■かつては「徒歩59分」!? 蹴球放浪家も悲鳴を上げるアクセスの罠
「蹴球放浪家」は放浪が仕事ですし、好きで放浪しているのですから、いくら世界をさまよっても問題はないのですが、放浪するつもりもないし、放浪が好きでもない人が放浪せざるを得なくなってしまったら、これは悲劇です。
そんな罠が仕掛けられているのがキリンチャレンジカップのウルグアイ戦が行われた宮城スタジアム(キューアンドエースタジアムみやぎ)の話です。
2001年に宮城県で開催された第56回国民体育大会(現国民スポーツ大会)のメインスタジアムとして計画され、2002年ワールドカップのために5万人規模の大規模スタジアムとして宮城県利府町に建設された施設です(現在の収容人員は4万9133人)。
ところが、このスタジアム、アクセスが悪名をとどろかせています。
なにしろ、最寄りの利府駅(JR東日本、東北本線の支線「利府線」の終着駅)からは3km強。現在は「徒歩40分」とされていますが、かつては「徒歩59分」と書いてありました。
僕も、一度試しにと思って歩いてみたことがあります。まあ、4キロ程度ですから歩いて歩けないことはまったくないのですが、利府駅からスタジアムに向かうと全般的にダラダラとした登りになるので、かなりの負担感がありました。
当然、自動車を持っている人は自動車で向かいますし、そうでない人はシャトルバスを利用することになります。ということは、なにしろ何もない山の中ですから、道路は渋滞してしまって、時間を読むことができなくなってしまいます。






























