■ロナウジーニョに憧れた「5歳の記憶」

 中村のキャリアは、順風満帆というわけではない。所属クラブのカテゴリーが変わり、対戦相手の質も、試合の性質も変わった。それでも彼は、自分の武器を失わなかった。むしろ、環境が変わったからこそ、得点という最も分かりやすい数字で自分を証明してきた。その積み重ねの先に、日本代表、そしてワールドカップがある。

 中村にとって、ワールドカップは特別な大会だ。子どもの頃から見てきた、サッカー選手にとって最高の舞台。W杯の位置付けを尋ねると、迷いなく言葉が返ってきた。

「サッカーをしている世界中の子どもたちに、『夢は何?』と聞いたら、みんな『ワールドカップで活躍すること!』、『優勝すること!』と答えると思います。それぐらい大きな意味を持つ大会。サッカー選手にとって、一番の大会だと思います。

 国を背負って、4年に一度の大会に出る。自分がそこまで来ていること、日本代表として戦えることは本当に感慨深いです」

 2000年生まれの中村。最初に強く記憶しているワールドカップは、2006年ドイツ大会だ。当時、まだ5歳だった。

「2006年のドイツ大会が記憶に残っています。子どもらしく、ゴールを追っていました。あのときはロナウジーニョが本当に大好きで。クリスティアーノ・ロナウドもまだ若くて、背番号も17番でした。リオネル・メッシも活躍していました。本当に華のある大会でしたね。本当に食い入るように見ていたのを覚えています」

 特に、ブラジルの英雄ロナウジーニョに強く惹かれた。優れたテクニックと、トリッキーな足技。中村少年はトリコになった。

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