■日本でのPK戦の歴史

 1993年にJリーグが始まったときには、川淵三郎チェアマンの考えで引き分けをなくした。90分を終わって同点ならサドンデス(どちらかが得点を取ったらそこで終わり)の延長戦を行い、30分間の延長戦の間に得点が生まれなければPK戦決着という形だった。そして「勝点」の制度はなく、90分勝ちだろうと延長戦勝ちだろうとPK勝ちだろうと、同じ重さを持った「1勝」。その勝利数で優勝を争った。

 この制度は3シーズン目の1995年には改定されて「勝利(延長戦まで)3、PK負け1」の勝点制度が生まれた。さらに2シーズンを経て1997年には「90分間での勝利に3、延長戦での勝利に2、PK戦による勝利に1」の勝点となり、1999年にはPK戦が廃止されてサドンデスの延長戦までとなり、初めて「引き分け」が生まれた。この制度下の勝点は、「90分間での勝利に3、延長戦による勝利に2、引き分けに1」だった。

 どんな結果でも90分間で終わり、「勝利に3、引き分けに1」という「国際スタンダード」にJリーグが合わせたのは、2005年のことだった。以後21シーズンの間、同じ制度だったのだが、今回の「特別大会」で何か刺激を入れようと、「PK戦」が復活したのである。

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