後藤健生の「蹴球放浪記」第305回「サッカー観戦のために山に登る」の巻(1) かつてアジア最強だった香港サッカーの源は「イギリスの植民地」の画像
南華足球隊 1947年のバンコク遠征での上海華聯隊戦(黄薔名『球国春秋』から)。提供/後藤健生

 今でこそ、日本はアジアのサッカーをリードする存在だ。だが、かつては香港がアジアの強豪の地位を占めていた。蹴球放浪家・後藤健生は、サッカー界の少林寺の異名を取る強豪チームの本拠地にも足を運んだ。

■サッカーの修行は「入山」

 前々回の「蹴球放浪記」で「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」と記された戒壇石という石が寺の山門に立てられているという話をしました。「山門」というのは「寺の門」という意味になります。

 仏教寺院の名前は、正式にはたいてい「〇〇山××寺」という形式になっています。

 たとえば、浅草の観音様は「金龍山浅草寺(きんりゅうさんせんそうじ)」、成田のお不動様は「成田山新勝寺」というのが正式な名前です。たいていの寺の名前はこういう形式になっているのです。

 つまり、たとえ、そのお寺が平地にあっても、やはりお寺は「山」なのです。そこで、お坊さんになるためにお寺に入ることを「入門」とか「入山」というのです。

 有名な少林寺拳法の発祥となった中国河南省にある曹洞宗のお寺も、崇山少林寺というのが正式な名前です。西暦495年に創建され、インドの僧侶、達磨大師が禅を伝えた地とされていますが、同時に少林寺武術の中心地です(日本の少林寺拳法とは別物だそうですが……)。

 で、武術を習得するために少林寺に入ることも、やはり「入門」であり、「入山」というのです。そして、少林寺以外でも武術の修業を始めるときに「入門」、「入山」という言葉を使います。

 それと同じ感覚で、サッカーの修行に行くことを「入山」と称した例もありました(別に映画の「少林サッカー」の話ではありませんよ)。

 中国の香港でのお話です。

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