初代表への招集を告げる電話
目標に据えた負傷なしのシーズンを過ごした年末に来た吉報は、U-22日本代表への招集だ。25年末から翌26年1月にかけて行われた『AFC U23アジアカップ』のメンバーに入り、グループリーグ3試合と準決勝の韓国戦でプレー。ゴール、アシストと数字上の記録こそなかったが、アジア王者になったチームに確かな刻印を残した。
「FWは目に見える結果が大事だと思いますし、数字を残す選手は替えにくいはず。その意味で結果は残せませんでしたが、自分なりの手ごたえがあったことも確かです」
ロス五輪を目指すチームのメンバーのほとんどが、日本代表でもプレーしたMF佐藤龍之介(FC東京)らU-18、Uー20などを経験した選手だ。久米は小中時代に東京都のトレセンの経験はあるが、代表の八咫烏のエンブレムとは無縁。高校選手権(102回大会)では1回戦敗退、国際経験も大学入学後のドイツ遠征だけと、いわば世代的にはノーマークの存在だ。「自分が次のロス五輪世代であることは少し意識をしていましたが、選ばれる対象になるにしても『いずれ』という感じで、1部リーグでしっかりと結果を残してからと思っていました」
そんな久米のスマホが鳴ったのは12月中旬。初代表への招集を告げる早稲田の兵藤慎剛監督からの電話だった。
つづく












