■新しい「ポイント」の発明
第二次世界大戦(1939~1945年)後、兄とたもとを分かったアドルフは、1949年、自分の社名を自分の名前を縮めた「アディダス」に変え、シューズに「3本線」を入れることを思いつく。シューズのアッパーの伸び防止のための補強としてテープを使う技法は、オーウェンスに提供したシューズにも使われていたが、黒いシューズに黒いテープだったのでまったく目立たなかった。それを白いテープにし、ひと目で「アディダス」のシューズとわかるようにしようという狙いだった。
その後、アドルフ・ダスラーはサッカーシューズの開発にも乗り出し、軽量のシューズを作って西ドイツ代表のゼップ・ヘルベルガー監督の信頼を得るようになる。そして1954年、新しいアイディアを盛り込んだサッカーシューズを開発する。それまでサッカーシューズの「ポイント」はシューズの底に短いクギで打ち付ける形だったのだが、シューズの底に「雌ネジ」を埋め込み、「雄ネジ」をつけたポイントをねじ入れて固定する方法を考え出したのである。
















