大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第181回「ワールドカップはアディダスのための大会?」(2) 陸上からサッカーへ、W杯では「4年間無敗のスーパーチーム」を撃破したスパイクを開発の画像
発明した「スパイク」とともにアディダスは発展していった(写真はイメージです)。撮影/中地拓也

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、3本線の憎いやつ。

■始まりは陸上競技用シューズ

 現在、アディダスはワールドカップを主催する国際サッカー連盟(FIFA)のトップパートナーのひとつであり、FIFAとは半世紀以上にわたって深い関係を築いてきた。

 南ドイツの小さな町に生まれたアドルフ・ダスラーは洋服の仕立て職人の息子だったが、靴作りに興味を持ち、第一次世界大戦(1914~1918年)への従軍から戻ると靴修理の仕事についた。そして兄(後にケンカ別れして「プーマ」を設立する)とともに「ダスラー兄弟社」を創業してスポーツシューズの開発に乗り出す。

 最初に作ったのは陸上競技用のシューズだった。陸上競技のシューズに「スパイク」をつけることを考案したのはアドルフで、1928年のアムステルダム・オリンピックで金メダリストを生み、1932年のロサンゼルス・オリンピックでは5つものメダルに増え、さらに1936年ベルリン・オリンピックではアフリカ系アメリカ人のスプリンターにシューズを提供。そのジェシー・オーウェンスが4つもの金メダルを取る活躍を見たことで、一挙に世界的な名声を得る。

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