■求められた「完全な第三者」
「アンパイア」という用語は、当時すでに英国で競技として確立し、大きな人気を博していたクリケットから借用してきたものだった。しかし本来は「唯一の第三者」という意味の古いフランス語から生まれた言葉だった。「唯一」という意味を無視し、フットボールでは最初から2人の「アンパイア」を置いたのである。
最初のうち、「アンパイア」はうまく機能した。言ってみれば幼児の「団子サッカー」のようなゲームで、ゴールラインを割ったかどうかを判定するのはしばしば難しい仕事だったが、判断がつかないときには、ゴールラインからピッチ内に1ヤード(約91センチ)のところまでボールを戻してプレーを再開させる「ブリー」という方法も取られた。アンパイアには、意図的に反則をしたプレーヤーを退場にする権限も付与されていた。
FAが、そしてサッカーが誕生したのは、このころだった。ただ「アンパイア」を置くことは義務ではなく、それぞれの試合に任されていた。だから1863年12月に書かれた最初のルールには、審判員に関する規定は、まったく入っていない。
しかしルールが統一され、クラブ数がどんどん増えていくと、勝負への執着も生まれ、対戦する両クラブのメンバーでもあるアンパイアの判定にも問題が出てくる。2人のアンパイアの判断が分かれ、対立も起こる。そこでこうしたときに、完全な第三者に裁定を依頼するという方法が考え出される。








