■「キューバ革命」成功後も…

 アルゼンチンは南米大陸の中では比較的裕福な国であり、とくにゲバラが生まれた1920年代には経済的に繁栄していましたし、ゲバラは比較的裕福な両親のもとに生まれました。しかし、放浪の中で南米諸国で民衆がいかに搾取されているかを知り、ゲバラは革命の道に足を踏み入れます。そして、メキシコでキューバから亡命していたフィデル・カストロ(後に同国の国家評議会議長)と知り合い、キューバ革命に成功し、政府の要職を歴任します。

 しかし、ゲバラはその後カストロと袂を分かって世界各地で革命を目指し、1967年にボリビアで捕らえられえて銃殺されてしまいました。

 ゲバラは清廉潔白な革命家として尊敬され、またキューバでの栄誉ある地位を捨てて再び革命を夢見て、そのために命を落としたことによって革命のシンボルとなったのです。

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