■西ドイツが用意した「赤と黄」2種類
1970年代まで、「競技中の飲水」はタブーだった。私が高校生のときには、先輩から「水を飲むと腹が痛くなってプレーできなくなる」と練習中の飲水厳禁を言い渡された。マラソン競技では、今では5キロごとの給水ポイントは常識だが、1人20キロ前後走る大学の箱根駅伝で「給水」が始まったのは1996年のことだったという。東京オリンピック(1964年)のマラソン競技では、係員が紙コップに入れた水を選手に手渡す給水所がコース中に数か所用意されていたが、優勝したアベベ・ビキラ(エチオピア)は、レース中まったく水をとらずに42.195キロを走り抜いたと言われている。
それが当時の「スポーツの常識」だった。だから1986年ワールドカップでの光景は衝撃だった。同時に「もっとスマートにできないのか」とも思った。
4年後の1990年ワールドカップ・イタリア大会では、チームが飲水用のボトルを用意し、何かあるとトレーナーがカゴにボトルを十数本入れて負傷者のところにかけつけ、周囲の選手たちがそれをとって飲むようになっていた。
西ドイツのトレーナーは、なぜか黄色と赤の2種類のボトルを用意し、西ドイツ選手たちは黄色いボトルを取り出して飲んだが、たまに相手チーム選手が来ると赤いボトルを手渡していた。私は、赤のボトルには下剤か何かが入っていて、パフォーマンスを落とすのではないかと疑い、その水を飲んだ選手を追いかけたが、結局、何ごともなく試合を終えた。








