■日本サッカーの父を思わせる「活動」

 最初の滞在中に、彼は子ども向けのサッカー教室を行い、スポーツに興味ある青年男女の体験教室も開催、さらにはコーチたちの指導にも当たった。マーシャル諸島オリンピック委員会との話し合いにも参加、MISFは正式に委員会メンバーとなった。マーシャル諸島は、2008年の北京大会でオリンピックに初出場し、以後2~5人のアスリートを夏季オリンピックに送り出している。

 オウワーズはさらに教育大臣とも会い、サッカーを教育カリキュラムに組み込ませることに成功した。最初の訪問での旺盛な活動は、1960年代初頭に日本に来たドイツ人コーチ、デットマール・クラマーを思わせる。

 オウワーズは、マーシャル諸島の主要環礁であるマジュロとクェゼリンにそれぞれリーグをつくり、両リーグの優勝チームでマーシャル諸島チャンピオンを決める方式を提案した。そして、まずはフットサルリーグを開催することとした。そして女子のフットサル代表チームを初めて招集し、アメリカのアーカンソー州スプリングデールでのトレーニングキャンプを行った。

 2024年の夏には再度マーシャル諸島を訪れ、初めてのマーシャル諸島フットサル男子代表を率いてキリバスとの対戦を実現した。

(3)へ続く
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