■サッカー王国で培った「真骨頂」

 最後のワンプッシュは、伊東でなくてもできた。繰り返し言うが、伊東が触らなくてもゴールに転がり込んだ可能性も高い。しかし、自陣ゴール前で攻撃の起点となり、そのまま70メートルを走り上がってこの場所に現れたことが伊東の真骨頂であり、日本の「サッカー王国」清水で培ってきた「試合勘」だった。

 その後、ブラジルは猛攻をかけるが、松田がロナウドとの1対1に勝ち、全員が体を張って守った。ジュニーニョに対する鈴木のタックルは、現在の判定基準なら「DOGSO(決定的得点機会阻止)」でレッドカードになるシーンだったかもしれない。しかし、アルチュンディア主審はイエローカードを出しただけだった。

 ペナルティーエリア直前からのそのフリーキック。ベベットのシュートは正確にゴール右をついたが、GK川口が完璧なセーブではじき出す。そして西野監督は右ウイングバックの遠藤に代えて白井博幸を、MF中田に代えてDF上村健一を、さらにはFW城彰二に代えて松原良香を投入、焦りの色が濃いブラジルに余裕を与えず、ついに「奇跡」を実現させたのである。

 このときから、実に28年間という長い時間が経過した。その年月が、日本のサッカーがメキシコ・オリンピックからアトランタ・オリンピックまで「世界」から見放され続けていた時間と同じなのは、とても不思議な感覚がする。そして何より、あのとき、70メートル走ってブラジルのゴールにボールを押し込んだ伊東が、その間ずっとJリーグでプロとして戦い続けてきたことに、強い感動を覚える。

 プロになってから32シーズン、伊東は560試合ものJリーグ・リーグ戦に出場してきた。試合に出られないときにも練習グラウンドで全力を出し尽くし、「プロ」として恥じることのない生き方をしてきた。彼はずっと、マイアミのローズボウルで走った70メートルのように、自分自身の感性と判断を信じ、全力で走り続けてきた。11月24日日曜日、ホーム愛鷹広域公園でのJ3第38節松本山雅戦が、彼の「現役選手」として迎える試合になる。

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