大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第151回【引退発表・伊東輝悦と「マイアミの奇跡」舞台裏】(4)ロナウド投入後の「小さな事件」と、70メートル激走後の「決勝弾」、走り続けた「32年のプロ生活」に幕の画像
7月21日、オレンジボウルには、「28年ぶりのオリンピック出場」を心待ちにした日本人ファンの姿も多かった(日本代表ユニホーム姿の男性は、私と同じように入場券を買ってこの試合を取材した仲間の記者である)。🄫Y.Osumi

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、日本サッカー界で起きた「本物の奇跡」と、その舞台裏、そして今季限りでの引退を発表した、その立役者について――。

■ただひとり入ってきた「背番号8」

 後半なかば過ぎ、守備に奔走し続けた日本にようやく疲れが見え、ザガロ監督は「勝負どき」と感じたのだろう、切り札のロナウドを投入したのだ。

 だが後半22分、ペナルティーエリア左に進んだベベットのシュートがGK川口の正面をついた直後、小さな事件が起きる。

 ブラジルの黄色と緑を配したシャツを着た長髪の若者がピッチに跳びだし、警備員に追いかけられ、髪をつかんで引き倒され、最後は警官に後ろ手にされ、手錠をはめられたのだ。ベベットが走り寄って警官に「ファンに乱暴はするな」と叫んだが、警官は聞かなかった。この騒ぎで試合は2分間近く中断し、日本はひと息つくことができた。「奇跡のゴール」はこのすぐ後に生まれるのである。

 後半27分、ブラジルの右CKに長身のリバウドが合わせたが、ボールは左に切れる。日本は左に展開し、路木龍次が相手陣浅いところからブラジルのペナルティーエリアにボールを送る。走り込む城に合わせようとしたものだったが、アウダイルの前に出てジャンプしながら上げた城の右足はボールに届かず、ボールはワンバウンドして大きく跳ねる。

 そこにGKジダが飛び出してくる。自陣ゴールに戻りながら城彰二と入れ替わるようにボールに追いついたアウダイルにはジダの姿が見えただろう。しかし、任せようと身を引こうとした瞬間、そのアウダイルの頭にボールが当たってしまったのだ。そこにジダが入ってきて衝突、2人とも倒れた。

 ボールは無人のゴールに転がっていく。城は倒れた2人に前を塞がれ、追うことができない。そこにただひとり入ってきたのが、背番号8、伊東輝悦だった。放っておいてもゴールに転がり込んだかもしれない。しかし、伊東は滑らかにスピードを上げ、右足でボールを押し込んだ。

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