■フェアプレー誕生は「2回目の朝鮮出兵」の年

 英語で「フェアプレー fair play」という言葉が最初に出てくるのは、1597年に書かれたシェイクスピアの『ジョン王』という作品の第5幕だという。「敵との間の礼儀正しい交際」を意味したと、角川小辞典『外来語の語源』(吉沢典男・石綿敏雄著)にはある。

 1597年と言えば、日本で言えば戦国末期。国内を統一した豊臣秀吉が2回目の朝鮮出兵を強行した年で、秀吉は翌年に亡くなり、2年後には関ケ原の戦いで徳川家康が「天下」を取るといった時代であるから、けっして新しい言葉ではない。

 しかし、この言葉を世界に広めたのは、何といっても「近代オリンピックの父」ピエール・ド・クーベルタン(フランス)だっただろう。1984年に国際オリンピック委員会(IOC)を設立したとき、彼は「スポーツは普遍的な言葉であり、人々を結びつけ、相互尊重、連帯、寛容、フェアプレーなどの価値観を教える」と宣言した。

 しかし、その後、サッカーに限らず、日本のスポーツ界では「スポーツマンシップ」という言葉がよく使われるようになった。いまでもときおり、年配の解説者がこの言葉を使うのを聞くことがある。だが、はっきり言ってこの言葉は「死語」だ。その理由は語るまでもない。

 そして、それに代わって、あるときからサッカーの世界で「フェアプレー」が強調されるようになる。1988年のことである。国際サッカー連盟(FIFA)の当時の事務総長ゼップ・ブラッターが大々的に提唱した。当時、世界のトップクラスのサッカーは「勝つためには何をしてもいい」という方向に流れつつあり、ブラッターは「このままでは大衆の支持を失ってしまう」と強く危惧し、「フェアプレー・キャンペーン」をスタートさせたのだ。

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