雨粒が大きくなったタイミングだった。雨が光を遮るからか、あるいは、勝利することができなかったからか、暗く感じられたピッチの横。引き上げる選手ひとりひとりにハイタッチをしたのは鬼木達監督で、スコアレスドローという点数が生まれなかった試合とは思えぬ激戦を戦い抜いた選手を労った。そして一人、ロッカールームへと引き上げようと歩き始める。
雨に打たれ続けた黒いベンチコートをまとう指揮官の視線は、左側に向けられた。そこには青いレインコートを着たサポーターが雨に濡れている。風によって観客席まで吹き込む雨をもろともせず、試合前から声援をピッチに送っていた。鬼木監督は、無言のまま頭を上げる。視線は一度上を向くと、さらにもう一度、頭を下げる。
「鬼木、ボンバイエ! 鬼木、ボンバイエ!」
2度の“おじぎ”がスイッチとなったかのように、大きな声が沸き上がった。頭を下げる指揮官に、頭を下げる必要はないというメッセージにも思えたし、一緒に闘い抜いたからこその発声にも思えた。鬼木監督はそれに対して両手を上げて応え、また、深々と頭を下げる――。