■JSL時代だからこその記録

 そのカズがブラジルから日本に戻ってきたのが1990年の夏。読売サッカークラブ(東京ヴェルディの前身)の一員となった。しかし2シーズンプレーした日本サッカーリーグ(JSL)時代にはハットトリックを達成することはできなかった。ただ、JSLの最終シーズン(1991/92)では、1991年12月1日に行われたヤマハ発動機(現在のジュビロ磐田)とのホームゲーム(等々力競技場)で「アシストのハットトリック」という珍しい記録をうちたてている。

 後半12分にヤマハの中山雅史に先制を許した読売だったが、その5分後にはカズが相手の緩慢なプレーをついてボールを奪い、トニーニョに渡して同点、さらに後半24分には武田修宏に、そして同37分には再びトニーニョにアシストして3-1の逆転勝利に貢献したのである。当時のJSLは「公式記録」に「アシスト者」を明記していたから、これは正式な「アシストのハットトリック」である。

 さて、カズが日本国内のリーグでようやく「本物のハットトリック」を達成したのは1993年の12月8日、東京・国立競技場で行われた浦和レッズとの「ニコス・シリーズ第17節」だった。V川崎が4-0で快勝してステージ優勝を決めた試合である。前半17分に右からビスマルクが送ったボールをヘディングで決めて先制点を挙げると、同27分には北澤豪のパスを受けて2点目、さらに3-0で迎えた後半37分には左からのビスマルクのFKを武田がヘディングシュート、ポストに当たったところを決めてついにハットトリックとした。

 ちなみに、カズのハットトリックはこのJリーグ開幕シーズンの10人目で、Jリーグの初ハットトリックは、5月16日の開幕節第2日にカシマ・スタジアムで鹿島アントラーズのジーコが名古屋グランパスを相手に決めたものだった。

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