後藤健生の「蹴球放浪記」第150回「ロサリオのレストランは日本人貸し切り?」の巻(2)日本人には酷なラテン系のディナータイムの画像
2001年アルゼンチン大会のADカード 提供/後藤健生

 世界では、いつでもどこかは食事時である。回転を続ける地球では、各地の時間が違うからだ。蹴球放浪家・後藤健生は、地球儀の上に引かれた時間を分けるラインを何度も越えてきた。時には、時差ぼけよりもつらいものがある。世界各地における、腹時計の違いである。

■アルゼンチンへ向かう

 その4年前、2001年のワールドユース選手権はアルゼンチンで開催されました。

 アルゼンチンは1990年台にはこの大会で何度も優勝していました。そして、地元開催のこの大会でも、協会(AFA)のユース部門の統括責任者だったホセ・ペケルマン監督の下、ハビエル・サビオラやアンドレス・ダレッサンドロなどを擁したアルゼンチン代表は圧倒的な強さで開催国優勝を果たしました。

 前回のこの大会(1999年のナイジェリア大会)で準優勝を果たした日本代表は「前回以上」の成績が期待されていましたが(?)、グループリーグ敗退に終わりました。森崎和幸、浩司の兄弟や山瀬功治、石川直宏、駒野友一などがいたチームで、グループリーグ最終戦では後に世界的な名GKとなるペトル・チェフがゴールを守るチェコから3点を奪って快勝しましたが、その前にオーストラリア、アンゴラに連敗してしまい、チェコとの最終戦の前にはすでにグループリーグ敗退が決まっていました。

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