■東ドイツが存在した頃

 ドイツ・ベルリンの中心部ゲズントブルンネン地区にあったヘルタプラッツは、ヘルタ・ベルリンのホームでした。1936年のベルリン・オリンピックでは、初めて世界大会に出場した日本代表が強豪(1938年のワールドカップで4位)スウェーデンに3対2と逆転勝ちして世界を驚かせた試合の舞台となったので有名です。

 第2次世界大戦でドイツが敗れた後、ベルリン市はアメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4か国に分割占領され、西側諸国の占領地区は西ベルリンとして西ドイツの一部となりましたが、ソ連占領地区は東ドイツの首都となり、1961年には悪名高い「ベルリンの壁」が建設されました。市民が東側から西側に逃亡するのを防ぐために東ドイツとソ連が建設したものです。

 ヘルタプラッツは壁のすぐ西側にありました。壁が造られたことで東側に住んでいたヘルタのファンは観戦に来られなくなってしまいましたが、彼らは試合の日には壁の東側に集まってスタジアムの歓声を聞いていたと言われています。

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