■「次に帰るのは来年の6月なんだ」
彼の故郷の素晴らしさについて聞いていると、ペットボトルの水を僕に差し出しながら、「次に帰るのは来年の6月だよ」と目を輝かせた。ビザの関係もあって、5か月ほどネパールには滞在する予定らしい。その間はドーハで働けないから、今、寝る間も惜しんで働いているのだという。
そんなラムさんに一つの質問をしてみた。このW杯はあなたにとってどんなものなのか、ということ
だ。このW杯を語るとき、その華やかさに視線が向く一方で、外国人労働者の厳しい実態も話題になっているからだ。
重い回答が帰ってくるかもしれない、と身構えたが、彼は笑顔でこう答えた。
「W杯の間は忙しいからハッピーだよ。このまま忙しければいいのに」
この言葉は、きっと、ポカラの美しい山の麓で暮らす家族に向けられていたはずだ。
「あと6か月で僕も飛行機に乗るよ」
そう続けた彼にとって、その1週間後にピッチの上でメッシが笑おうと、エムバペが悔しさを爆発させようと、関係ないはずだ。ピッチ内のことは、ピッチ外に住む人にとって直接影響はしない。これも、W杯の一つの形なのだ。
空港で荷物を降ろすと、駐車場で僕とラムさんは2人並んでスマホで記念写真を撮った。故郷に帰ることを楽しみにしているという共通点だけで、いつの間にか仲間意識が芽生えていた。
そこから僕は9時間半のフライトに乗れば、日本に着く。彼がネパールに降り立つには6か月と4時間かかる。中年の男2人が自撮りしている姿は、周囲からどう見られただろうか。これも、W杯というイベントが結んだ一つの縁だろう。
僕は空港へとリモワとペリカンの車輪を転がす。ラムさんは、駐車場の外へとゆっくり白いエクスパンダーを走らせる。僕はW杯から離れ、彼はW杯へと戻っていった。