■アメリカがサッカーに与えた影響

 1968年に『ダイヤモンド・サッカー』の放送が始まって、日本のファンが「動く本場のサッカー」を見ることができるようになった時代、イングランド・リーグでは選手交代は1人だけで、ベンチには交代要員がひとりしかおらず、その選手は背番号12のユニホームを着て待機していた。「スタート」の11人は、1番から11番である。GKを含めどのポジションの選手がけがをしても、交代するのは12番の選手だった。

 そう、サッカーは本来「選手交代ができない競技」だった。しかしいったん選手交代が認められると、またたく間に交代可能人数が増やされ、いまでは「5人交代(延長戦にはもうひとり追加)のゲーム」となった。それにともなって(Jリーグは動きが緩慢だが)、交代要員も増える一方である。ことしのワールドカップでは、実に15人もの選手がベンチに並ぶことになる。「ベンチスタート」は増える一方なのである。

 話を戻さなければならない。実は、スポーツ施設での「ダグアウト」はコールマンの発明品ではないのである。「リーグ戦」と同様、これもアメリカの野球からの借り物だったのだ。現在では野球場のすべてが「ダグアウト」式と言っていいだろうが、20世紀にはいったころにはまだグラウンドレベルの屋根付きベンチが一般的だったらしい。しかしこれだと観客席の前列からはじゃまになる。そこで1908年ごろから少しずつベンチの掘り下げ、すなわち「ダグアウト」化が始まり、数年のうちに腰の高さまで掘り下げられるようになる。

 野球では一塁側、三塁側を問わず、よくライナーのファウルボールが飛んでくる。ベンチにいるスタッフや選手の安全のためにも、ベンチ前には金網を取り付けたダグアウトが一般的になっている。

 アバディーンの2人の選手が1920年代のはじめにアメリカのプロサッカーリーグでプレーしていたことがあり、コールマンは彼らから「ダグアウト」の話を聞いたのではないかというのが、イングランドにおける「ダグアウト」成立の定説だ。しかし一方で、コールマンはノルウェーで指導していた時期があり、この国では屋根付きのベンチが当たり前であったことから思いついたという説もある。

(3)へ続く
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