■地面を掘り下げてベンチを置いた理由
それはともかく、『Dugouts』というその書名である。「ダグアウト」というと、野球場を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。私もそうである。
辞書を引くとこの言葉にはいくつかの意味がある。ひとつは「防空壕(塹壕)」である。ただし第二次世界大戦時の日本のように空爆されたときに非難する地下室というより、陸戦中に相手の射撃や砲撃から身を守るために掘る穴という意味合いが強い。そしてもうひとつの意味が「丸木舟」である。「くり舟」とも言うが、1本の太い木をくりぬいてつくる原始的な船の形だ。
防空壕(塹壕)も丸木舟も「掘ってつくる」ことが共通しているように、「dugout」の「dug」は「dig(掘る)」の過去分詞形で、スポーツの施設で「dugout」と言うと、正確にはグラウンド面から少し掘り下げてつくったチームベンチのことを指す。だが英国では、掘り下げていなくても、チームベンチを「ダグアウト」と呼ぶのも一般的であることが、バウマンの書名からもわかる。
20世紀初頭までの英国のサッカー場には、屋根のついたチームベンチはあまり存在しなかったらしい。最初につくられたのは、1920年代のはじめ、スコットランド北東部の港町のクラブ、アバディーンFCのピットドリー・スタジアムだったという。当時の監督だったドナルド・コールマンの提案で、「ダグアウト」に屋根をつけたチームベンチがつくられた。
コールマンはボクシングと社交ダンスの愛好者で、選手たちのステップワークを見やすいようにと、「ダッグアウト」式にしたと言われている。屋根をつけさせたのは、彼には試合中に思いついたことを詳細にメモする習慣があり、そのノートを濡れさせないためだったらしい。やがて「屋根付きのダグアウト」は英国中のあちこちのクラブのスタジアムで真似されるようになる。
ひとつ余計なことを書いておけば、当時のサッカーには「選手交代」はなかったので、当然、「ダグアウト」には「交代要員」はいない。チームベンチは、もっぱら監督や役員のためのものだった。ルールで許された選手交代は、30年ほど前まで2人だったし、それから四半世紀、コロナ禍前までは3人だった。『Dugouts』でバウマンが紹介しているノンリーグクラブの古びたチームベンチが、今日では信じ難いほど小さく、狭いのは、こうした事情も関係している。