しかしそうした苦しい事情など感じさせないように選手たちは奮闘した。本来は攻撃的な役割を担うMF松本を左サイドバックに起き、左ウイングの黒川淳史とともに左サイドから圧力をかけて攻勢をとった。中盤では久々に出場機会を得たブラジル人MFドゥドゥが攻守に奮闘した。東京Vに先制を許した終盤にDFの伊藤を最前線に上げてかけたパワープレーは迫力があった。延長戦、勝ち越し点を奪われる5分前には、ゴール前に飛び込んだDF森岡陸の頭に左から上原力也がけったFKがぴたりと合った。だがボールはわずかに右に切れた。

■いつでも「これが人生最後の試合」

 ともに死力を尽くし、勝機はどちらにもあった。シュート数は東京Vの11に対し磐田が16。120分間でともに6人の交代を使い切り、残ったのは控えのGKだけ。脳振とうでプレー続行不可能な選手が出たら、控えのGKがフィールドプレーヤーとして出場せざるを得ない状況だった(このことでも、現行の5人交代制=延長では6人=においてベンチ入り7人というのが無理な形であることがわかる。早急にベンチ入り人数を9人に増やすべきだ)。

 東京Vが生き残り、磐田は敗退が決まって今季の天皇杯を終えた。明暗ははっきりとついた。しかし「サッカー」の観点では「ともに勝者」と言っていい試合だった。どちらもチームの総力を注ぎ込み、ピッチに立った34人の全選手が結果を恐れることなく果敢にチャレンジし、全身全霊のプレーを表現して見せたからだ。スタンドは寂しかったが、私の心を満たす、非常に立派な試合だった。

 「いつもこれが人生最後の試合、プロ生活がこれで終わってもいいという思いでプレーをしている」と、試合後、奈良輪は語った。彼の言葉に代表される両チームの献身こそ、本当のプロサッカーであり、人びとに夢や勇気を与える、社会的に意義のある活動と言えるのではないだろうか。

(3)へ続く
  1. 1
  2. 2
  3. 3