大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第78回「ピッチの二〇三高地」(1)「世にも美しい絵を完成させた『かまぼこ』」の画像
「足」がちょっとはみ出すと、たしかに「D」に見える。「かまぼこ」と言ったのは、お腹が空いていた選手か。(c)Y.Osumi

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、「エリア前の変な物」。サッカージャーナリスト大住良之が、歴史と算数に挑む。

 この連載で何回も書いてきたが、緑の芝生の上にきっぱりと真っ白なラインが引かれたサッカーのピッチは、現在の世界で最も美しいデザインのひとつであると、私は思っている。

 サッカーという競技を愛するあまりの思い込みであることは十分承知している。野球を愛する人は内野の4つのベースで構成された「ダイヤモンド」が美しいと言うだろうし、ゴルフ好きの人は、大自然を抱くようになだらかに続くコースの美しさに見とれているかもしれない。

 しかしサッカーのピッチに引かれたラインは、1937年に2つの「ペナルティーアーク」を描くことがルール化されて以来、基本的にまったく変わっていない。巨大ビジネス化やゴールラインテクノロジー(GLT)、ビデオアシスタントレフェリー(VAR)など、ここ数十年間でサッカーは大きく変化し、競技のスピードや激しさも数十年前の比ではない。それでも、105メートル×68メートルのピッチに引かれたラインは、変わらずに続いているのである。

 1937年といえば、昭和12年である。日本を破滅に導く太平洋戦争につながる日中戦争が始まった年である。当時のデザインがそのまま使われている例が、日本のどこにあるだろうか。今回の話は、いわばサッカーピッチという世にも美しい「絵」を完成させた「ペナルティーアーク」の物語である。

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