サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、「サポーターの聖歌」。世界中で親しまれるあの歌について、サッカージャーナリスト大住良之が掘り下げる。
■世界に広がっていった「ユル・ネバ」
1970年代から1980年代にかけて、リバプールは欧州を舞台に活躍し、そのサポーターが欧州大陸各地でこの歌を披露、ホームチームとして彼らを迎えたクラブのサポーターたちに大きな感銘を与える。そして間もなく、各国に『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』を大合唱するサポーターたちが誕生していく。
英国外で最初に歌い始めたのはドイツのボルシア・ドルトムントだった。ドイツで最もサポーターのパワーが強く、1974年につくられた巨大サポータースタンドでそのパワーを数倍にし、来訪するライバルクラブを恐れさせたサポーターたちである。そしてまた、私がスコットランドの・サポーターの歌声に感動したスタジアムをホームとするクラブのサポーターたちである。
オランダでは、FCトゥエンテが先鞭をつけた。新スタジアムを建てるために旧スタジアムを取り壊す前に、旧スタジアムでの最後の試合で歌われ、以後、すべてのホームゲーム前に歌われるようになった。
サポーターの合唱コンクールがあるとしたら、優勝は間違いなくオランダだろう。ほとんど泥酔状態にあるイングランドのサポーターたちがただ大声で「がなる」だけなのに対し、オランダ人たちはあの大きな体を楽器にして見事に周囲と声を合わせて歌う。オランダでは、名門フェイエノールトと、今季1部でプレーしている北部レーワルデン市のSCカンブールでも歌われている。
ボルシア・ドルトムントの『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』が有名なドイツでも、マインツ、1860ミュンヘンのサポーターたちが歌い、オーストリアではアドミラ・バッカー、ベルギーではクラブ・ブルージュとメヘレン、スペインではCDルーゴ、ギリシャでは現在香川真司が所属するPAOKテッサロニキのサポーターたちが得意としている。そして日本ではFC東京である。
FC東京のサポーターは、その前身である「東京ガス」時代にすでにこの歌を歌い始めていたという。昨年来のコロナ禍で、現在は、試合前に「ジェリー・アンド・ザ・ペースメイカーズ版」の『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』が流され、「声を出さず、心のなかでいっしょに歌ってください」というアナウンスが流れるという情けない状況になっているが、FC東京のサポーターの歌唱レベルはなかなかのものである。ただ、あまりにきれいに歌おうとしすぎているようにも感じる。もっと自分の気持ちを前面に押し出し、それを選手に伝えたいという思いだけで歌ってみたら…と、一昨年まで、ときどき思っていた。