■みんなで考え、協議し、積み上げる速度を速めていく――
ブラジルが突き放したゲームはその後、ブラジルが疲労の見える選手たちからどんどん交代することで守備の強度を上げていき、スキを与えません。そして、最後までゴールを与えずに、試合終了のホイッスルを聞きました。
ブラジルのスペイン対策が機能した結果になりました。自分たちと相手の戦いぶりを分析し、システムから選手起用までを計算して勝ち筋を見出したジャルディン監督には驚かされました。延長戦まで選手交代しなかった胆力には、素直に脱帽です。
お互いに持ち札を出し合いながら、相手が対策を講じてきたら、それを上回るアイディアを選手たちが瞬間的に考えて実行する。それを受けて、相手はまた上回ろうとする。個人でも、グループでも、ゲーム展開を読み、ボールの状況、味方、相手の位置を見て最善の選択を自分たちで判断する。チームのベース・決まり事があるなかで、それをしっかり全うしたうえでそれぞれの個性を出す。その個人戦術眼をグループ、チームの力へと昇華させ、試合のなかで発揮し合えるもの同士の戦いとなった決勝は、見どころにあふれた最高の試合になりました。
この決勝戦を見て、日本はどう進んでいくのだろうか、と考えている自分がいました。W杯では年齢制限は設けられていません。このクラス以上のレベルの戦いで日本の目標を達成するためにも、みんなで考え、協議し、積み上げる速度を速めていく。そのためにそれぞれのセクションで、やるべきことをやっていくことが大事になると思います。
そういう意味では、この決勝戦を含め多くの試合をリアルタイムで観戦できたことは、サッカー人としてとても意義のあるものでした。またその試合解説を、しっかりと表現する機会を提供していただいたサッカー批評さん、そして試合直後から僕の脱線を繰り返す長い話に付き合い、即日構成していただいたライターの戸塚啓さんに深く感謝をしたいと思います。
今回で五輪解説は最後になります。試合を追うごとにボリュームがどんどん増えていってしまい(苦笑)、読む側の皆さんにはご迷惑をおかけしましたが、多くの方に読んでいただき本当にありがとうございました。みなさんのサッカーを観るポイントが少しでも増えてくれれば、こんなに幸せなことはありません。
(構成/戸塚啓)
なかむら・けんご 1980年10月31日東京都生まれ。中央大学を卒業後03年に川崎フロンターレに入団。以来18年間川崎一筋でプレーし「川崎のバンディエラ」の尊称で親しまれ、20年シーズンをもって現役を引退した。17年のリーグ初優勝に始まり、18年、20年に3度のリーグ優勝、さらに19年のJリーグYBCルヴァンカップ、20年の天皇杯優勝とチームとともに、その歴史に名を刻んだ。また8度のベストイレブン、JリーグMVP(16年)にも輝いた。現在は、育成年代への指導や解説活動等を通じて、サッカー界の発展に精力を注いでいる。