■下敷きとなった「伝説」の隠された真実

 ここで大きな問題が起きる。試合のことを聞きつけたナチの幹部が「これはプロパガンダに利用できる」と考え、収容所内で試合をするのではなく、会場をパリのコロンブ・スタジアムに移し、「連合軍チーム」との対戦相手を「全ドイツ軍選抜」すなわち「ドイツ代表」とすることを決めたのである。試合を企画したフォンシュタイナー少佐はこれを拒否するが、断り切れず押し切られる。

 これに対し、コルビーはひとつ条件を挙げる。彼がいる収容所だけでなく、ナチスが占領している東欧にも選手がいるはずだから探してきてほしいというのである。「ジュネーブ条約」によって人間的な生活を保証されたアメリカや英国などの捕虜と違い、東欧の人びとは過酷な状況に置かれ、公式には「捕虜」などいないものの、強制労働に従事させられていた。その状況をわかっているから、フォンシュタイナー少佐は「戦力にならないぞ」と言うが、コルビーは、悲惨な状況にあるならなおさら、東欧のサッカー仲間を助けたいと主張する。

 そうして試合の準備が進み、ついに選手団はパリまで移送され、コロンブ・スタジアムでの「国際親善試合」に臨むことになるのである。ところがその試合には、捕虜収容所の捕虜のリーダーを務める英国軍大佐が中心になって計画した「大脱走計画」が隠されていた……。

 この映画は、第二次世界大戦中にドイツ占領下のキエフ(ウクライナ)で行われたサッカーの試合を題材にした映画『地獄の前後半』(1962年ハンガリー、ゾルタン・ファブリ監督)を下敷きにしているという。ドイツ軍チームと地元のパン工場のチーム「FCスタート」の試合である。実はFCスタートは、地元の強豪クラブであるディナモ・キエフの選手を集めたチームで、ドイツ側から負けることを命じられていたにもかかわらず1942年の7月と8月にドイツ軍チームに連勝した後、ユニホーム姿のまま逮捕され、全員射殺されたという「伝説」が伝えられていた。

 しかしこの試合を丹念に取材した英国人ジャーナリストのアンディ・ドゥーガンは、その「伝説」が事実とは大きく異なることを発見し、『ディナモ~ナチスに消されたフットボーラー』(日本語訳千葉茂樹、晶文社2004年)を書く。その本によれば、この「伝説」がソ連による国家的な意図で曲げられたものであり、戦争を生き延びた選手がたくさんいて、亡くなった選手も、試合直後ではなく、だいぶ時間がたってからのことだったという。

※第2回につづく
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