■最前列の席にクラーク・ケントが!

 初戦のタイ戦では、例の若手FWピヤポン・プオンにハットトリックを決められて日本は2対5と完敗。浮足立った日本代表は残りの3試合をすべて1対2というスコアで失って、全敗で帰国することとなった。

 ピヤポンは、とてもスピードのあるFWだった。「事前に情報さえあったら、対処の方法はあっただろう」と、後に森監督に聞いた。

 だが、僕は試合前からピヤポンがどんな選手だか知っていた。“通”の人たちから聞いていたからである。

 試合前になると、彼らが「ほら、最前列の席のタイ人を見てろ」と指差した。

 そこにいたのはスーツを着込んだ男性だった。選手が入場してくると、その男性はいきなりスーツを脱ぎ去った。スーツの下には青いスーパーマンの衣装を身に着けていたのである。『デーリー・プラネット』の記者クラーク・ケントがスーパーマンに変身するのを再現していたのだ。

 つまり、シンガポール人の“通”の人たちは、スーパーFWピヤポン・プオンのことも、スーパーマンのこともよく知っていたのだ。

 東南アジア域内にはさまざまな大会があるから、シンガポールのサッカー通の人たちはタイについて良く知っているわけである。

 日本対タイの試合。シンガポールは形式的には中立地だった。そして、日本人は「内弁慶のタイには勝てる」と思っていたが、ここは事実上タイのホームだったのである。

 その後も、いろいろな大会でタイとの試合がある度にスーパーマンの姿を見かけた。また、ジェフリー・ラウ記者とはワールドカップやヨーロッパ選手権、あるいはアジアのさまざまな大会を取材に行く度に顔を合わせて、そのたびに挨拶を交わしていたが、もう10年以上、姿を見かけていない……。

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