かつて国立競技場での日本代表戦になると、ハーフタイムに観客スタンドから全裸で飛び下りて、ピッチを疾走する名物男がいた。すぐに警備員につかまって連行されるのだが、別の日の代表戦で同じことをやらかす。入場料金を払った観客で、“全裸監督”ではなかったと思う。――今回は、放浪するジャーナリストが遭遇した、“微笑みの国”の代表チームと名物サポーターのエピソード――。
■東南アジアに惨敗した屈辱の日
さて、舞台はシンガポール・ナショナルスタジアム。海に面したカラン地区にあった5万人収容のスタジアムだ。1973年に完成したスタジアムは陸上競技との兼用で、楕円形のスタンドに囲まれた非常にシンプルな構造だった。屋根もメインスタンド中央付近にしかなかった。試合中に暴れたファンを収容するための檻(牢屋)が備え付けられているのが特徴だった(スタジアムは全面改装され、現在では開閉式の屋根が付いた近代的なスタジアムに変身。2014年にハビエル・アギーレ監督の日本代表がブラジルと対戦した)。
さて、スタジアムに行ってみると、記者席はメインスタンド後方にあるのでピッチから遠すぎて見にくいことが判明した。どうせ、シンガポールは出場しないのでスタンドは空席だらけだ。僕は見やすそうな席を探して、メインスタンド中段の通路からすぐ下。やや南側のゴールに近いあたりに陣取った。
周囲には年配の男性や30歳くらいの女性など、15人ほどの一般観客がいたが、横で話を聞いていると、やたらにサッカーに詳しい人たちだった。そこで話しかけてみると、シンガポールで行われる試合はほとんど見ているという“通”の人たちばかりだったのだ。
試合を見やすい席というので、やはり彼らもここで見ているのだろう。
しばらくすると一人の紳士がやって来た。聞くと、シンガポールを代表する高級紙『ストレーツ・タイムズ』のジェフリー・ラウという人物だった。英国の『タイムズ』と同じように、高級紙のサッカー記事というのは単にどっちが勝ったとか、スター選手がこう語ったといった内容ではなく、新聞の紙面を1頁使う長文の論評が掲載されている。そうした論評記事を書いている一流記者である。
彼も、記者席は見にくいので、この“通”の人たちとおしゃべりしながら観戦するのだという。