大住良之の「この世界のコーナーエリアから」連載第64回「同点でも負け?――アウェーゴール・ルールの終了について」(2) オーストラリアを襲った「メルボルンの悲劇」の画像
ホームとアウェーはサッカー文化の一部だが…… 撮影/原壮史
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で、勝者はどっちだ。試合が終わっても勝ち負けがわからない! スコア上はイーブンになっても、複雑な計算方式で勝者と敗者が生まれるのがアウェーゴール決着だ。試合前には理解していたつもりでも、試合後、まわりの顔色をそっと窺ったりして。そのアウェーゴール・ルールが終了になりそうだ。それで、サッカーは面白くなるのかつまらなくなるのか――。

■オーストラリアを襲った「メルボルンの悲劇」

 だがそのとき、イランが体の奥底に残っていた力の最後の一滴をしぼり出した。後半31分、ペナルティーエリアの右にアジジが侵入し、2人がかりのタックルにいちどは倒れたが、フォローしたMFのエブラヒム・タラミ(6分前に投入されたばかりだった)が拾う。アジジはゴールライン上で両足を伸ばし、体の背後に両腕をついて倒れたままだったが、タラミが触れたボールが自分の前にこぼれてくるのを見るとすぐに立ち上がり、猛烈な勢いで飛び込んでくるオーストラリアGKマーク・ボスニッチが触れる直前にゴール前に流す。受けたMFカリム・バゲリは無人のゴールにけり込むだけだった。

 そして4分後、ボスニッチのゴールキックをはね返したボールがオーストラリア陣の中央にいたFWアリ・ダエイの足元に収まると、右からアジジが相手DFラインの裏に走り、ダエイのスルーパスで抜け出す。そしてGKと一対一になると、冷静に右隅に流し込んで2戦合計スコアを3-3としたのだ。

 そこからのオーストラリアの猛攻はすさまじかった。2失点目の直前に投入されたFWグラハム・アーノルドを加えた3トップめがけてロングパスを送り、こぼれ球を拾って二次攻撃をかけようという「パワープレー」で再三チャンスをつくった。

後半のアディショナルタイムは5分が過ぎても終わらず、当時としてはありえない長さとなった。ようやくハンガリー人のイムレ・ボゾキー主審が笛を吹いたのは、53分7秒のことだった。イランが、1978年以来、20年ぶりのワールドカップ出場を決めたのだ。

 奇妙だったのはここからだった。イランが狂喜し、オーストラリアの選手たちが頭をかかえて立ち尽くすなか、8万のオーストラリア人ファンはまだお祭り騒ぎをしていたのだ。「2試合とも引き分け。さあ、延長戦だ」といった雰囲気だった。「アウェーゴール・ルール」が理解されていなかったのだ。緑・白・赤の国旗を手に場内を1周するイラン・チームを、8万の観客は不思議そうに見守っていた。

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