■土俵のように盛り上がったオールドトラフォード
芝生は生き物である。
1977年に初めてマンチェスター・ユナイテッドのオールドトラフォードスタジアムを訪れたとき、芝面が周囲の土の部分より数10センチ高いのに気づいた。ピッチの排水能力を高めるためなのか、それともより迫力ある観戦ができるようにとの配慮なのかわからなかった。しかし2012年のロンドンオリンピックで久々にオールドトラフォードを訪れたとき、驚くべきものを見た。芝面は35年前と比較しても明らかに高くなり、70センチほどの高さになっていたのだ。それはまるで、大相撲の土俵のようだった。
芝生の根は地中深くには伸びず、地を這うように伸びて芽を出す。その根が次第に密集し、結果としてピッチ面を徐々に上げていく。さいたま市の駒場スタジアムは2011年にピッチとトラック改修が行われて陸上競技のトラックとフィールド面が同じ高さとなったが、それ以前は芝生の敷かれたフィールド面は10センチ近く高くなっていた。それこそ芝生が生きている証拠だ。
1993年、「芝生の文化」として華々しく日本社会に登場したJリーグだったが、翌1994年には大ピンチに陥る。シンボルであり、ご自慢の(Jリーグやクラブがつくったわけではなく、スタジアムをもつ自治体が整備してくれたのだが……)緑の芝が、あちこちで悲惨な状況になってしまったからだ。
1994年の夏は、当時としては異常な暑さだった。もっとも、記録を調べてみると、最近数年の暑さとほとんど変わりはないのだが、ともかく、当時としては、記録的な暑さと言われた。その暑さに芝生がやられたのだ。とくにひどかったのが、横浜の三ツ沢球技場とカシマスタジアムだった。
三ツ沢は夏前に植え替えたばかりの芝が高温に耐えきれずに死に絶えた。走るたびに芝生が根ごと飛び散り、スライディングタックルでもしようものなら芝生の死骸がざっくりと長さ1メートルもめくり上がった。
Jリーグとともに1993年に誕生したばかりのカシマスタジアムでは、欧州のスタジアムで当時大流行だった「セルシステム」という最新の芝生管理システムを導入していた。排水を溜めておき、そこからコンピュータプログラムで自動的に給水するというシステムだったが、通常の暑さを組み込んだプログラムが指定した時間に給水したため、いわば熱湯を注ぐ形になり、芝が大きなダメージを受けたのだ。