■心臓が飛び出しそう!

「プエブラ行き」決定です。アルゼンチン、とくにカルロス・ビラルド監督のアルゼンチンは、追加点を奪うことよりもそのままゲームを終わらせようとするはず。こんな状況で「7点取って相手を完膚なきまでに叩き潰そう」などと野蛮なことを考えるのはドイツ人だけです。

 というわけで、僕たちは安心してアステカ・スタジアムを後に順調にプエブラに向かいました……。ラジオで聞いていると、その後ガリー・リネカーが1点を返したようですが、ゲームは2対1でアルゼンチンの勝利に終わりました。

 ところが、プエブラまでの道程の半分を過ぎたあたりで、タクシーがブスン、ブスンという不吉な音を立てて突然止まってしまったのです。故障です。運転手は責任を感じたのでしょう、通りかかった別のタクシーを止めてクワウテモク・スタジアムまで急ぐように伝えてくれました。

 しかし、これでだいぶ時間を無駄にしてしまいました。スタジアムに着いてタクシーから降りると、「世界で一番短い国歌」とも言われているスペイン国歌「国王行進曲」が聞こえてきました。

「ヤバイ、試合が始まってしまう!」

 こうして、僕は2100メートルの高地で記者席まで駆け上がることになったのでした。ここのスタジアムはメイン、バック両スタンドの中央だけが3階建てになっていて(写真参照)、記者席はその最上段にあったのです。最上階からはまるで「戦術カメラ」のように選手たちを見下ろすことができます。そして、バックスタンドの彼方には1519年にベラクルス辺りに上陸したスペインの征服者エルナン・コルテスがアステカ帝国の首都テノチティトラン(現在のメキシコ市)を目指して進軍してきた街道も見えます。

 さて、階段はいったい何段あったのでしょうか……。ハァーッ ハァーッと息が上がってしまいました。心臓が飛び出しそうです。ようやく呼吸が収まって試合をちゃんと見られるようになったのは後半に入ってからでした。

 ラウンド16では、エミリオ・ブトラゲーニョが爆発してデンマークを5対1で沈めたスペインでしたが、準々決勝ではベルギーの守護神ジャン・マリー・パフに抑えられて1対1の引き分けに終わり、PK戦に入りました。ゴール裏のスペイン人ファンを盛んに挑発するパフ! ベルギーが準決勝進出を決めました。

「スペインは勝負弱い」。この頃は、誰もがそう思っていました。

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