大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第16回「サッカーとビール、その甘美な歴史」の画像
歓喜の歌の前に喉をうるおす 写真:サッカー批評編集部

サッカー好きだけどビールも大好き。観戦のおともはなんといってもビールが最高。そんなありふれた平凡なサッカーファンに大住さんからのメッセージ。あなたは正しい。全面的に肯定したい。なぜなら、その嗜好には歴史に刻まれた深い原因があるのだから。

■試合の前に2~3リットル

 新型コロナウイルスの感染者が増加したことで、Jリーグの入場者数制限を緩和する段階がとりあえず2週間延期になった。それにともなってスタジアムでのアルコール販売も延期になり、梅雨が明けてからの「ビール片手のサッカー観戦」ができなくなって落胆しているファンも多いのではないか。

 国民ひとり当たりのビール消費量世界一はチェコ。老若男女、赤ん坊まで入れても1年間で1人平均約183リットルを飲むという。ドイツは約100リットルの第3位だが、サッカー場でのビール消費量ではブンデスリーガは世界を圧して1位だ。6万人を集めるシャルケ04のスタジアムでは、1試合で3万リットルも売り切るという。

 ただサポーターの顔の赤さを比較すると、「こっちのほうがはるかに飲んでいるよな」と思えるプレミアリーグのスタジアムで総消費量が1万リットルにもならないのにはわけがある。「試合が見える場所での飲酒禁止」という法律があるためだ。彼らは試合前にスタジアム周辺のパブでしこたま飲み、完全にできあがった状態でスタジアムにやってくる。試合前にひとり当たり2リットルや3リットルは飲んでいるはずだ。

 サッカー記者たちもビールが大好きだ。世界中どこに取材に行くときにも、何を忘れても「ビール」という単語を仕込んでいくことだけは忘れないのには、本当に感心する。レストランで席につくや、地元の言葉でビールを注文する。それさえあれば、後は何が出てきても許容できると言わんばかりだ。ブラジルに行けば「セルベージャ」、ロシアなら「ピーヴォ」、韓国では「メクチュ」、そしてドイツだと「ビア」。「ビール」という言葉の語源は、古代のゲルマン語(スカンジナビアの諸語やドイツ語の祖先)にあるらしい。

 だがビールを発明したのは古代ゲルマン人ではない。農業発生の地と言われるメソポタミアのシュメール地方。紀元前8000年ごろと言われているから、彼らの文明の基礎となった農業の開始、麦を生産するようになってからほどなくということになる。麦を乾燥させて粉にし、焼いてパンにし、そのパンを砕いて水を加え、自然に発酵させたものだったらしい。

 興味深い話だが、この記事の目的はビールの起源を探ろうというものではない。農耕の開始から時間をおかずに作られ、飲まれるようになったビールが、ローマ帝国という「文明拡散装置」を経ることなく(ローマは「ワイン」の文明だった)欧州の各地に広がり、今日のサッカーにつながっているのではないかという、半ば酔っぱらったついでの妄想のようなものである。

 もちろん、私は酔っぱらっているわけではない。実際のところ、私はまったくの「下戸」なのである。下戸も下戸、最下層の「ゲゲゲの下戸太郎」と言っていい。

 えらそうにビールの話を展開してきたが、実際には、コップ半分も飲むとたちまち顔が真っ赤にる。それ以上飲むと頭がガンガン痛くなり、気持ちが悪くなる。ビールだけではない。日本酒もワインも、要するにアルコールはまったくダメなのである。体が受けつけないし、何よりも、おいしいと思わない(いや、積極的にまずいと思う)のだから、そんな者が飲んだら、一生懸命お酒をつくっている人に申し訳ないと思うのだ。

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