興梠慎三論―そのストライカーの美―(1)「誰も届かない、至高の場所で」の画像
2020シーズン開幕戦の興梠慎三(浦和) 写真:YUTAKA/アフロスポーツ
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サッカー選手のプレーは毎シーズン違うものだ。新しく何かを身に着け、何かを捨てていくのだろう。ひとりのストライカーの変遷をたどろう。その軌跡には、見逃してはならないものがある。2020年のJリーグ、美しさを身にまとった、この男のプレーを見よ。

■ハリルホジッチはわからなかった

 浦和レッズのエース興梠慎三(33)がまたひとつ大記録に近づいた。7月8日の仙台戦で浦和での通算100得点を決め、J1通算150点まであと1点。昨年「8シーズン連続2ケタ得点」というJリーグ記録をつくった興梠がもし今季も2ケタ得点して「9シーズン連続」となれば、Jリーグの歴代得点(現在149で6位)でも一挙に数人を抜き、3位に躍進する可能性が大きい……。

「ふ~ん」という感じである。私は、あまり関心はない。興梠はこんな記録には表れない大変な能力をもったストライカーであり、私がいま、Jリーグで最もプレーを見るのが楽しみな選手だからだ。

 見る者の想像力を刺激するさまざまな得点パターンも素晴らしい。最前線で相手に激しく当たられながら巧みな技術を駆使してボールを保持し、攻撃の起点となるプレーも見事だ。しかし何よりも、彼のプレーは美しい。

 ダンスのようにステップを踏み、滑らかにターンし、相手が取ったと思った瞬間にすうっと足が伸びてボールをキープするプレーに、私はいつもうっとりとしてしまう。

 バヒド・ハリルホジッチ監督を、私は嫌いではない。彼は、まちがいなく日本のサッカーの重大な欠陥を指摘し、そこを改善するための刺激を与え続けた。傲岸に見えて、少し抜けたところのある人柄も悪くなかった。ワールドカップ予選を突破した後に日本代表選手たちがまるで「ルーティーン」のように自己中心主義に走ってしまわなければ、ワールドカップでもまずまずの戦いが見せられたのではないかと思っている。

 だが彼がやったことでどうしても納得がいかないことがあった。「体脂肪率」で選手たちを差別したことだ。

 たしかに、世界のトップ選手の多くは10%前後の体脂肪率でプレーしているかもしれない。体脂肪率を厳しく管理しているクラブもあるという。しかし世界のサッカーがクリスティアーノ・ロナウドのような「フィジカル・モンスター」ばかりになってしまうことが理想なのか――。私はけっしてそうは思わない。現に、興梠のようにうっとりさせるような「美しさ」をもった選手が、プレミアリーグブンデスリーガにいったい何人いるだろうか。こんなことで選手を差別するのは「現代サッカー病」のひとつだ。

 ハリルホジッチ監督の「体脂肪差別」の被害を最も受けたのは興梠だった。興梠はハリルホジッチ監督就任初戦、2015年3月に招集されたが、合宿2日目に故障で離脱し、次に招集されたのは8月、「国内組」だけで参加したEAFF東アジアカップだった。そしてそれに続く9月のワールドカップ予選(ホームのカンボジア戦、アウェーのアフガニスタン戦)にも招集されたものの、ここで名指しで批判された。初招集された3月に計測された興梠の体脂肪率が16.4%で、改善がわずかだったというのだ。そしてこのときを最後に、「体脂肪12%以下」を厳命したハリルホジッチ監督が興梠を招集することはなかった。

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