無名ながら、非常に優秀で、卓越したアイデアを持つコーチがいる。ドイツでプレー、指導者の経験をもち、帰国後も高い評価を得てきている。じっくりと話を聞こう。
■「トラップって何ですか?」
片山博義さんは東京出身、1972年9月21日生まれの47歳。17歳からドイツでプレーしたが、けがにより24歳で選手を引退し、指導者の道にはいった。以後ドイツとともに、鹿屋体育大学、FC鹿児島、松江シティFC、FC大阪、東京23FC、吉備国際大学など、日本でもたくさんのチームを指導してきた。なかでも2014年から2年間、当時中国リーグ1部だった松江シティFCを、ヘッドコーチ、後に監督として率い、圧倒的な成績で中国リーグ制覇を果たした。島根県代表として出場した2015年の天皇杯では1回戦でJFLの鹿児島ユナイテッドを1-0で下して2回戦に進み、2回戦では等々力スタジアムでJ1の強豪川崎フロンターレと対戦した。0-3で敗れたものの、高い評価を得た。ドイツ/UEFAのBライセンスならびにJFAのA級ライセンスを保持している。
だが私が彼を「異色」と表現するのは、そのキャリアゆえではない。サッカーに対するアイデア、発想が奇抜で、斬新で、そしてそれを指導に落とし込む手法が一見非常に風変わりながら、聞けば聞くほど理にかなっていると思うからだ。今回は、ドイツでの経験を元に、現在の日本のサッカーで欠落している部分、いわば「陥穽(落とし穴)」について聞いてみた。
「大住さん、日本人にとって「トラップ」って何ですか?」
インタビューは、質問者に対する質問で始まった。
「う~ん、『ボールを止めること』かな」という私の答えから、話はいきなり核心にはいる。
「ドイツではね、『運ぶ』、『止める』、『動かす』、『変える』という4種類に、トラップという技術を明確に分けているんです。『運ぶ』は一発でスペースにボールを出す。『止める』は足元に止める。『動かす』は少しずつ動かして相手を食いつかせる。そして『変える』は、サイドチェンジなどの目的をもってしっかりと方向を変えるトラップです。日本では、トラップの練習というと、2人が向き合ってボールをけり、止めるという形がほとんどだと思いますが、現在のドイツの育成年代の指導では、試合中の状況に従い、明確な目的意識をもったトラップの練習を行っています」
「同時に、僕は、味方選手がトラップするのを見て、周囲の選手がどう動くかも重要なポイントだと思っています。味方がボールをトラップしたときにどう動くか、一気に運んでいるときと、方向を変えているときでは、動くべく方向やスペースが違うのは当然ですよね。サッカーでは、すべての場面で、目からはいった情報を処理してアクションすることが求められます。『しっかり止めろ』というだけの指導では、試合には生きないんです」
Q:「見ることからすべてが始まるのですね」
「日本でも、『コーディネーション・トレーニング』の重要性が言われています。『脳から体への伝達速度を速くし、動きを正確にする』ことを目的に、ラダーやミニハードル、コーンなどを使ってさまざまなトレーニングが行われています。しかし『これをやるぞ』という脳の指令を体が正確にこなせるだけでサッカーという競技がプレーできるでしょうか。たとえばコーディネーションのためのステップを5メートルやって、そこから10メートルダッシュして終わり。これでサッカーのためのトレーニングになるでしょうか。陸上競技ならこれでいいかもしれませんが……。サッカーでは、もしかしたら、『ヨーイ、ドン!』とスタートし、2歩動いたときにいきなり相手がきたのを見て、そこに行かなければならないかもしれない。それがサッカーでしょう?」
「目からはいってくる情報が非常に重要なのです。目で見て、そこから自分が何をすべきか、どういうアクションを起こすべきかを判断し、遅滞なく的確に動く。そうできるようにするのが、『サッカーにおけるコーディネーション・トレーニング』の目的です。視覚から、相手がどの位置にいるから、どの体の向きでどういうふうにコーディネーションするか判断し、360度の動きをすることが求められます。そしてそれを繰り返す持久力、90分間どれだけ安定してやり続けられるかが、もうひとつの重要なポイントになってきます」