翻って日本のことを考えてみよう。

 日本にも、2度目のオリンピックを開こうとしているスタジアムがある。東京・千駄ヶ谷に建設されたばかりの新国立競技場だ。

 紆余曲折の後にようやく完成された国立競技場では、残念ながらあまり過去の“記憶”に配慮されることがなかった。旧国立競技場を改装することも可能だったかもしれないが、新競技場建設が強行された。そして、新競技場建設に関しては国際デザイン・コンペの運営の杜撰さとか、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)のコスト意識の欠如、「後利用」に関する無計画性など、あらゆる意味で問題が山積していた。そして、日本のスポーツ文化を大切にして、“記憶”を残していこうという意識はまったくなかったようだ。

 デザイン的に旧国立競技場の外観を残すことは不可能だったかもしれないが、たとえば旧競技場を象徴する照明塔や電光掲示板のデザインを踏襲した設計にすることだってできただろう。長谷川路可による壁画は残されたようだが、1964年のオリンピックのために川口市の鋳物職人、鈴木万之助さん親子によって製作されたあの聖火台などはぜひ再利用してもらいたかった。

 日本でも、たとえば阪神甲子園球場の大型映像装置は何度も改装されているが、昔の手書きボード式の掲示板のデザインを踏襲し続けている。やはり、高校野球、あるいは阪神タイガースという、日本のスポーツの中でも人々の間に最も多くの“記憶”を宿しているイベントの舞台だったからなのだろう。

 日本のスポーツは成熟してきていると言っていい。昨年開催されたラグビーのワールドカップでは日本人ファンの熱心な観戦態度が話題になった。実際、外国チーム同士の対戦でも、ファンは心から楽しんでいた。だが、新国立競技場の建設を振り返ってみると、どうやらスポーツ行政を司る人たちには「日本人にとって大事な遺産であるはずのスポーツに関する“記憶”を大事にしよう」という意識がきわめて希薄だったようである。

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