■ライバルが関係良好な理由

 そして1947年、それまでミラノ市内の他のスタジアムを使用していた「インテルナツィオナーレ・ミラノ」が、「ACミラン」とともにサンシーロを使用することになる。インテルはそれまで都心にある陸上競技場型の「アレーナ・チヴィカ」を使用していた。実は1941年から1947年にかけては、逆に「ACミラノ」がインテルのホームである「アレーナ・チヴィカ」で試合をしていた。戦時の電力不足により、ミラノ郊外のサンシーロまでファンを運ぶ路面電車を動かせなくなったためだった。

 しかし「アレーナ・チヴィカ」は1805年(!)に建設された石とレンガつくりの旧式スタジアム。1910年にはイタリア代表チームの試合の舞台にもなったが、収容も1万人と少なく、老朽化は隠しようがなかった。インテルがセリエAのクラブとして成長していくためには、どうしても当時6万5000人収容規模となっていた「サンシーロ」を使うことが不可欠だったのである。

 世界中のいろいろな都市に同じ町の「ローカル・ダービー」があり、その関係がサッカー人気に大きく寄与してきた。たいていは「庶民クラブvs富裕層クラブ」というような図式で、サポーター同士は互いに憎みあうのが普通なのだが、不思議なことに、ACミランとインテルナツィオナーレ・ミラノは関係が良い。ひとつの家族内に両クラブのファンがいることも珍しくなく、選手同士も仲がいいという。

(3)へ続く
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