■世界と日本をつないだ架け橋! 世界最強クラブ決定戦「トヨタカップ」の熱狂
もうひとつ、日本のサッカー放送で忘れてはいけないものがある。1981年2月に第1回大会(1980年大会 ※第1回大会は本来1980年中に開催される予定だったが、ヨーロッパ王者のスケジュール調整や日本国内の準備の関係から、年をまたいだ1981年2月の開催に)が開催された「トヨタカップ(正式名称は『トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップ』)」である。欧州と南米のクラブ王者の間で1960年から行われてきた「インターコンチネンタルカップ」が1970年代後半に頓挫、それを中立地・日本での1試合制の決勝にすることで生まれた大会である。
同じ1981年の12月に行われた「第2回(1981年大会)」以降、トヨタカップは毎年12月の第1日曜日、正午キックオフに固定され、日本国内で行われるサッカーの試合で最も入場者を集め、日本テレビの生放送にも注目が集まる大会となった。1968年のメキシコオリンピック後、日本のサッカーが「世界」の舞台に出ていったのは、1996年のアトランタオリンピックと1998年のワールドカップフランス大会が初だったが、それまでの間、日本のファンと世界のサッカーをつないでいたのが、「ダイヤモンドサッカー」とともにトヨタカップだったのである。































